Global Eyesの最近のブログ記事

(by paco)今週も((( c l u b p a c o ))) について書く。

前回こんな話をした。

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先日電車の中で隣り合わせた夫婦が、右翼と左翼について話していた。ふたりとも基本的には右寄りの意見だが、とり立てて右の思想の強いシンパシーがあるわけではなさそうだ。しかし、自分たちは右だと考えていて、右寄りの思想について話していた。

さて、あなたは右翼と左翼の違いを説明できるだろうか。

実は、この話の中には、政治思想としての右翼・左翼と、経済システムとしての市場経済と統制(計画)経済が含まれている(含まれがちだ)。両者がごちゃ混ぜになることで、あまり適切ではない自己認識が生まれてくる。政治思想の右・左とはどのような違いか。経済システムの違いはなにか。
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(by paco)知恵市場有料版コミトンを2月に終えて、3月からは別のサービス((( c l u b p a c o ))) をスタートさせることにした。

((( c l u b p a c o ))) というネーミングのとおり、pacoのファンクラブ的な意味合いの有料サークルだ。

自分でファンクラブというのはいささかかっこわるいが、なぜあえてこういうネーミングにしたのかというと、このクラブのもともとのコンセプトがまさに ((( c l u b p a c o ))) 的だからだ。僕の情報源を共有して、ものを見る視点をともにシェアしたというというのがもともとも趣旨だ。

六兼屋のサーバにはこれまで収集してきた1000点を超えるファイルが保管してあり、外からアクセスしてダウンロードできる。これを「本貸します」的に利用してもらい、その上で、その情報を元に、どんなことが考えられるのかなにがわかるのかを共有したと思っている。

(by paco)市民の意見を政治に反映させ、政治的意思決定を変えるために、インターネットが重要な役割を果たすようにする必要がある。

従来の意思決定プロセスでも、市民の声は世論調査やメディアからの情報への意見(街頭インタビュー)という形で、フィードバックの回路はあった。しかし、エネルギー問題のような意見が分かれ、専門性が高い分野では、市民は十分に理解できず、よって、意見も賛否両論になって、世論がまとまっていかない。合意形成がなされる素地がないのだ。

世論がまとまるためには、次のようなプロセスが必要だ。

(1)賛否、あるいはそれ以外の第三の道など、さまざまな結論、シナリオが提出される。提出されるためには、国内外のさまざまな立場から、対等に意見が出せるようなしくみが必要であり、官僚が提出したシナリオ(結論とその背景)も、NPOが提出したシナリオも、対等のものとして議論の対象になるべきだ。

(by paco)エナジーシフトを実現するには、政治シフトが必要だ。

福島原発事故以後、エナジーシフトを考えると、単にエネルギー利用を変えればいいというものではないことに気付く。

■原子力村は55年体制の国会運営から生まれた

これまでエネルギーについて決めていたのは、電力村、原子力村と呼ばれる経産省と電力会社の複合体だった。この体制が始まったのは、実質的には1970年代だと思われるが、その根は「55年体制」(1955年に保守合同で自由民主党が誕生した)と呼ばれる、自民党一党支配の政治にある。

55年体制では、自民党が衆議院と参議院の両方で多数派を占めることが多かった。しかしその一方で、自民党内部は政策中心に集まった一枚岩の政党ではなかった。自民党は1955年に自由党と民主党(旧)が合併して誕生した経緯もあり、またそれ以前に、日本の戦後の政治体制になってから、新たに政治家になった議員が多かったため、意見がばらばらになりがちだった。また選挙制度から来る性質もあった。当時の日本の選挙は中選挙区制で個人に対して投票する方法だった。議員は有権者が「自民党の私」にではなく、どちらかというと「私個人に投票した」と理解しがちだったために、政党の理念(政策)より、自分の主張(有権者が支持した主張)を優先する傾向があった。そのため、自民党政治(55年体制)では、自民党の内閣(総理大臣)の意向には必ずしも従わず、自分の主張を優先する傾向が強かった。自民党の議員であっても、自民党によって当選したと言うよりは、自分の力と自分の選挙区の有権者によって当選したという意識だったのだ。

(by paco)この福島原発事故を分析する。

次の3つの切り口のうち、ここでは(3)について述べる。


(1)福島原発事故は津波が来る前に、「想定内」の地震によって始まっていた。

(2)福島原発事故は「想定すべき規模」の津波に備えずに、悪化した。

(3)日本では人為的ミスによる事故が多数起きている。

原発は何重にも安全装置があるがゆえに、安全だと主張されているが、この説明が間違っており、安全装置自体が脆弱であって、常に事故と隣り合わせだということを説明したい。これまで日本では原発を始め、原子力関係の事故が多数起きている。その多くは一般の人が知るような状況になることはなく、それ故に「原発は事故を起こさない」ということが常識であるかのようになってきた。しかし実際には全国の原発関連施設で多くの事故がくり返しており、中でも人間のミスによって重大な事故が引き起こされている。人間が扱うものである以上、ミスは避けられず、それが大事故寸前まで進んだことが、過去もたくさんあったのだ。

(by paco)この福島原発事故を分析する。

次の3つの切り口のうち、ここでは(2)について述べる。

(1)福島原発事故は津波が来る前に、「想定内」の地震によって始まっていた。
(2)福島原発事故は「想定すべき規模」の津波に備えずに、悪化した。
(3)日本では人為的ミスによる事故が多数起きている。

■津波の「想定」は明らかに過小だった。

3.11の東北地方太平洋沖地震(地震名称。災害名称は<東日本大震災>)によって津波が起き、地震発生から50分後に福島第一原発には13.1メートルの津波が押し寄せた。

津波が押し寄せる直前の原発の状況は以下の通りだ。地震時に稼働中だった原子炉はすでに緊急炉心停止装置により、緊急停止の状態にあった。しかし地震によってすでに原子炉の一部に損傷が起こっており、また発電所に外部から電力を供給するための高圧電線の鉄塔が地震によって倒壊したことにより外部電源を失っていて、「安全」とはいえない状態になった。

(by paco)前回の「エナジーシフトの基本概念」で大枠を説明したが、今回から各論に入っていく。といっても、しばらくは、大枠の話だ。

今回は、「再エネについてはさまざまな予測やポテンシャル」について、もう少し詳しく見る。

■総量は十分ある。

環境省が原発震災直後に発表した推計によると(原典は以下のp.282)。風力と太陽光の導入ポテンシャルを加えると、約200,000(万KW)。

単位がわかりにくので、国際単位に従って、すべて1000倍系列の単位で換算しよう。100万キロワット=1GW(ギガワット)なので、約200,000(万KW)=200GWとなる。

一般的に、原発1基で100万キロワットなので、国際単位では1GW程度と覚えておこう。数字の判断が付きやすくなる。

(by paco)9.11同時多発テロから10周年。

9.11は僕にとっても大きな転機になり、これを境に、知恵市場はじめ、いろいろなところで社会的な問題についての発言をより積極的にすることになった。

広告業界からキャリアをスタートさせたこともあり、ずっと受注ビジネスをやってきたわけで、顧客の側に主導権がある仕事で生活してきた(それは今も変わらない)。それゆえ、顧客の機嫌を損ねない、と言うことについてのセンシティビティは当然あり、社会的な発言が顧客との関係を悪化させることには、それなりに注意深くやってきた。

9.11以前に、発言の立場を明確にしたきっかけは、1995年に「生命保険がわかる本」を書き、これが日本の生命保険会社を強く批判する内容だったことにもある。当時の「外資系生保」を強く擁護する内容になっていたために、執筆者としての僕と、広告業界の人間としての自分にズレが出てきたわけだ。

「生命保険がわかる本」は、国内生保を批判しているのではなく、国内生保が作っている商品を批判しただけで、その批判に基づき、今は国内生保も批判を受けた商品を作っているし、外資系が逆の商品をつくっていることもある。さすがに15年もたつと、世界が変っている。


(by paco)先週の続きを書く。

今週はさらに僕の独断と偏見を書く。しょせん、小説だ。どこまで本当かわからないよ、と、断っておくが、いちおう実話に基づいているとも書いておこう。

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店の主は、店で出す肉を自慢していた。が、その肉の産地は話すことはなかった。不思議なことだ。よい肉を出すなら、産地について語るのが、自然だ。まして、フランス大使は、与党幹部も来る、という店なら、なおさらだ。

肉の焼き方も聞かれなかった。焼き方は、確かに悪くはなかった。肉も悪くはなかった。ちゃんと味がしたし、レアにすぎず、焼きすぎず、よいミディアムだった。厚切りのステーキではなかったから、レアとミディアムレアとミディアムを焼き分けられるほどの厚みではなかったから、これでいいのだろう。でも、焼き方を聞かないステーキ屋だった。

(by paco)先週の続きを書く。

尚、この話は先週8月10日に実施した【エネこみ】リアルミーティング2の内容とかぶるので、このときの音声も合わせて聞いてもらうと、理解が深まる。

前回、ロジカルファシリテーションの観点から、堀さんと孫さんの「トコトン議論」の議論の課題を解説した。実際に行われた議論に即して、どのような議論にすべきだったのかを解説した。

今回は、そもそもどのように議論すべきだったかについて書きたい。

■事前にイシューを合わせる

今回の「トコトン議論」はふたりとも、twitter上で自分の意見をかなり言い合ったいた。と言うことは、すでにどんな点で意見が食い違っていたのかが見えていたということであり、であれば、その食い違いを明確に浮き彫りするところまでは準備することが可能だった、と言うことだ。

ファシリテータの役割は、このような、事前に整理できる論点(イシュー)を明確にして、その点については、比較が容易なように準備をしてもらうという大切な役割がある。議論を始めてから、議論を通じてイシューを合わせるのではなく、事前にイシューを合わせてスタートできれば、そのほうが議論はわかりやすいし、平行線に見えることも避けられる。