(by paco)544インターネットを使って、合意形成を行い、政治の場で実現する

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(by paco)市民の意見を政治に反映させ、政治的意思決定を変えるために、インターネットが重要な役割を果たすようにする必要がある。

従来の意思決定プロセスでも、市民の声は世論調査やメディアからの情報への意見(街頭インタビュー)という形で、フィードバックの回路はあった。しかし、エネルギー問題のような意見が分かれ、専門性が高い分野では、市民は十分に理解できず、よって、意見も賛否両論になって、世論がまとまっていかない。合意形成がなされる素地がないのだ。

世論がまとまるためには、次のようなプロセスが必要だ。

(1)賛否、あるいはそれ以外の第三の道など、さまざまな結論、シナリオが提出される。提出されるためには、国内外のさまざまな立場から、対等に意見が出せるようなしくみが必要であり、官僚が提出したシナリオ(結論とその背景)も、NPOが提出したシナリオも、対等のものとして議論の対象になるべきだ。

(2)それぞれのシナリオについて、共通点と違いを明確にする役割が必要だ。いわゆるイシュー設定である。一見対立するシナリオであっても、途中までは同じだったり、そもそも依って立つ認識が違っている場合もある。どこに違いがあるのか、factの過不足か、判断の論理の違いなのかなど、中立的な立場から、シナリオを分析してみせる必要がある。これはロジカルファシリテーションの領域になる。

(3)議論のための原理原則を提示する。放射能のリスクを判断する場合は、結果が不明確な場合は「予防原則に従う」、「移動の自由、財産権の保護など、基本的人権が最優先される」など、従うべき原理原則を提示する。これは社会学者や政治学者、哲学者、宗教家の仕事になる。ある原理原則が、世界の歴史の中で、なぜ原理なのかも、あわせて示す。たとえば、「日本人なら和を重視しなければならない」といった原理は、ローカルな価値観であり、全人類共通の価値(普遍性=原理)が優先されなければならない。和と人権が矛盾する場面があれば、「和より人権」が優先されなければならない。こういった原理原則を示して議論をしないと、判断基準がなく、声が大きい者が勝ってしまう。

(4)見出されたイシューについて、どの判断(シナリオ)が適切か、「意見」を出し合う。予防原則は本当に人類共通の価値といえるのか、そうだとしても、この場合は、予防原則を適用すべき事象なのか、と言った意見を出し合う。

(5)意見を出す過程で、双方が出す疑問に的確に答えられない側が劣勢になり、こたえられた側が優勢になるという議論の進め方が実践される。

このプロセスの結果、多数決ではなく、合意が形成されていく。

■真の合意形成が社会に希望をもたらす

日本では、これまで、(1)と(4)は行われてきたが、それ以外の(2)(3)(5)はほとんど行われてこなかった。その結果、日本人は、多数決で決着をつけることが民主主義だと思い込み、意見と合理的な判断で合意形成を図るということが、どのようなことなのか、つかめていない。つまり、民主的な意思決定プロセスを理解、実践できていないのだ。

ちなみに、少人数のグループであれば、ある程度実践できる。仕事上の会議などでは、機能している場合も多い。しかし賛否が分かれるような社会問題では、合意形成のプロセスを実践する習慣がない。

やや離れるが、エピソードを紹介する。

僕が教えているデジタルハリウッド大学では、中国からの留学生が多数いる。演習などで中国人と日本人がグループをつくって、合意しながら制作を進めると、中国人留学生から教員にクレームがつくことがある。グループで議論したが、日本人Aの意見が通った。彼がリーダーだというなら、はじめからそう言ってほしい。誰もリーダーではなかったはずなのに、なぜAの意見が通るのか。なぜ自分の意見は無視されるのか。自分の意見が通らないなら、はじめから議論をする必要はない。というのが中国人の言い分だ。

中国は、民主主義国家ではない。共産党による一党独裁であり、議会もなく、選挙もない。合意形成が社会にまったくなく、基本的にトップダウン、上意下達なのだ。だから、上の立場にいるなら、その意見に従う。下も意見は言うが、上は下の意見を聞いてもいいが、上は聞く必ずしも聞く必要はない。最後は上が決めれば、下は従う。このような社会の仕組みの中では、合意形成を理解することはむずかしいのだろう。

日本人は、ビジネスなど小グループでは合意形成で決めていくことができる。しかし政治問題では、できないと思っている。必要だとは思っていても、できると思っている日本人は実は少ない。

できないと思っているから、議論をあきらめてしまい、政治家や官僚にまる投げする。まる投げした上で、結果が思わしくないと文句だけ言っているのだ。日本人は、社会問題については、中国人留学生と同じ態度なのだ。

社会問題について、国家レベルで合意をどのように形成していくのか。このテーマに、日本人はこれから取り組んでいく必要がある。

原発問題、エネルギー問題に限らず、これから日本は矛盾する事象から最適解を選びとる厳しい社会状況になる。というより、すでになって久しい。しかしこの選択ができないので、問題を抱えたまま前に進めない。年金問題、農業問題、高齢者介護の問題、少子化など、あらゆる問題が、矛盾と利害対立を乗り越えて、新しい解をつくらなければならないものばかりであり、しかも、世界の他の国によい成功例があまりないものが多い。最適解を見つける方法を持たないために、未来に希望がもてないのだ。

■リーダーシップとは、合意形成をリードする態度

多くの日本人が、政治家がリーダーシップを持っていないことが問題だと感じている。小泉首相を懐かしむ意見が未だに多いのが象徴だ。

小泉首相は、単に自分のやりたいことを推し進めただけで、社会の合意形成にはまったく貢献していない。自分の信念を推し進めるリーダーは、もはやリーダーではない。社会の構成全体にとって納得感の高い解を、納得感があるように作り出せるリーダーこそが、これからの時代のリーダーである。

強い言葉を発するリーダーについていってはいけない。何をすべきか、イシューを示し、イシューの解を見つけるまで、国民との対話を行い、議論の舵取りをし続けるリーダーこそが、今必要だ。

■インターネットでしか、社会的合意形成はできない

さて、インターネット。

上記の(1)?(5)のプロセスを、ネット上で実現することができれば、新しい合意形成型の社会が生まれる。ネットでできるのか。若い世代ほど、意外に懐疑論が強いことを僕は知っている。では、リアルでならできるのか。できないだろう。リアルの場では、公開性がむずかしい。密室になりやすい。広く意見を集めたり、合理性のチェックをすることもむずかしい。もちろん、リアルの会議は必要だ。しかし、インターネットがリアルを越えるほど活性化し、リアルの会議がその役割の一部を果たす、というような状況になってはじめて、市民の多くが参加し、納得したことにはならないだろう。

僕は、1993年頃、つまり20年前からパソコンとネットワーク上で議論を行う場をつくって、知的生産を行ってきた。その経験から、生産性の高い議論をネット上で行うことは十分可能だと考えている。

新しい合意形成のシステムは、世界中でまだ、実現されていない。しかし、それは日本人が実現しなければならないだろう。なぜなら、日本は世界でもっとも爛熟した民主国家なのだから。

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