(by paco)527隠れ家ステーキハウスが政治の裏舞台(2)

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(by paco)先週の続きを書く。

今週はさらに僕の独断と偏見を書く。しょせん、小説だ。どこまで本当かわからないよ、と、断っておくが、いちおう実話に基づいているとも書いておこう。

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店の主は、店で出す肉を自慢していた。が、その肉の産地は話すことはなかった。不思議なことだ。よい肉を出すなら、産地について語るのが、自然だ。まして、フランス大使は、与党幹部も来る、という店なら、なおさらだ。

肉の焼き方も聞かれなかった。焼き方は、確かに悪くはなかった。肉も悪くはなかった。ちゃんと味がしたし、レアにすぎず、焼きすぎず、よいミディアムだった。厚切りのステーキではなかったから、レアとミディアムレアとミディアムを焼き分けられるほどの厚みではなかったから、これでいいのだろう。でも、焼き方を聞かないステーキ屋だった。

そもそも、メニューも値段もなかった。1日1組しか客を取らないのだから、メニューはいらないのだろう。全員同じコースメニューだ。結局、料理はDがもった。よって、いくらかはわからない。店主は「人によって値段が違う、5000円から2万円」と含み笑いをした。5000円なら安いだろうが、2万円であっても驚かない。何しろ虎ノ門の隠れ家だ。でもその値段に値する料理なのかはわからない。

店の名誉のためにいえば、同席したメンバーは全員「おいしい、おいしい」と連発して、こんな料理は一生食べられないかもしれないとよろこんでいた。おごりとあって、満足したと思う。僕も料理としては十分満足した。それがどのような値段で、どのような出自であっても。

が、あえて意地悪く見てみよう。

店主が見せた肉のブロックは、見せ球だった可能性もある。その肉が出たという保証はどこにもない。見せた肉が本当によい肉だったのかどうかもわからない。それほど明るくない店内でテーブルを挟んで見ただけだし、パッケージにも何も書いていなかったのだ。

読者諸氏は知っているかどうかわからないが、今は肉というのは、かなり「つくりこまれて」いる。わかりやすい例では、成形肉。サイコロステーキになる肉はこれだ。精肉の間に出る端材を集めて、デンプンなどの粘着成分といっしょに固めて冷凍し、大きなブロックを立方体に切り出してつくる。どんな肉が使われているかは、加工所の良心次第。味をよくするために調味料(ブイヨンなど)を加えたり、ラードを加えて柔らかくするなど、調整する。インジェクション肉というのもある。堅めの赤身肉に、太めの注射針でラードを注入してしまう。見た目にはきれいな霜降り肉になり、良質な赤身肉とラードを使えば、サシ入りのブランド牛と見分けるのは、プロでもむずかしい。

店で出た肉が、これら加工牛だったといいたいのではない。肉の質と価格というのは、どうにでもなるということだ。そのため、トレーサビリティや産地表示が重要になる。または、そこそこの値段のものであるなら、おいしければ、多少のことには目をつぶる、ということになる。

この「梁山泊」は、店主の言によれば、皇居宮中晩餐会の食前酒を出し、フランス大使や首相候補者をもてなし、日本一と店主が言う、山形の米を使っているという。

本当だろうか。腑に落ちない点が多すぎる。

そんなに貴重な酒なら、飲まない客のグラスに、食前酒として注ぐだろうか。

日本一という産地限定の米は、炊きたてのご飯として熱々の茶碗に盛ってほしい。しかし、この店では、米は最後に、「ビーフカレー」の小皿として出てくる。それほどうまい米なら、なぜカレーとして出すのか。刺身か焼き野菜のような淡泊なおかずと食べるのが、いちばんうまいはずだ。このカレーを、他の客はうまそうにおかわりしていたが、さすがにこのカレーの品質についての僕の評価は低い。僕は日常的に料理をするが、カレーは特によくつくる。しっかりした素材を使ってつくれば、カレーの味は深くなる。ところがここのカレーは、手作りはしているものの、主成分はできあいのルーであることは間違いない。本当にうまい米を厳選しているなら、こんなもったいない組み合わせで出すのは料理人としてありえないだろう。

と言うことで、最初の「刺身にラップ」で感じた違和感は、コースが終わるころには確信に変っていった。

 ★ ★ ★

では、この店の正体は何か。

Dは、店主に対して「たいへんお世話になった」とくり返していた。宴が終わるころに店主が来客に配った名刺はふたつあり、1枚は「ステーキ 梁山泊 店主」。もう1枚には「デモクラシーアシスト代表 Election Adviser」。

店主は、選挙のブローカーだったのだ。

虎ノ門といえば、となりは霞ヶ関の官庁街。キャリ官僚たちの、天下り以外の転進先といえば、国会や地方議会の議員、自治体首長だ。官僚の先輩でこれら、政治の道に進んだもののつてをたどるのは当然としても、やはりどの政党の支持を受けるのか、選挙運動をどうやるのか、選挙違反をしないために相談できる相手を探したいなど、さまざまな壁にぶつかる。この店主は、選挙に出たい人物と、政党や政治家、あるいは財界人や組合、選挙運動のプロとをつなぎ、選挙を成功させることを仕事にしていたのだ。

Dは選挙に出るにあたって店主に相談し(いや、誰かが店主をDに紹介し)、店主のアドバイスに基づいて選挙戦を戦い、無名ながらいいところまでこぎ着けたのだろう。

と、考えると、いろいろとつながってくる。

Dは選挙に際して、店主に報酬を払ったかどうかわからない。しかし、今回の会食は、明らかに店主への報酬になる。仮にDが1人2万円分、払ったとして、参加メンバーが10人とすれば、20万。店主は客の値踏みをしながら食材を選び、なるべく安く上げれば、1割程度の原価で済ますこともできるだろう。Dは18万円を、報酬として支払ったことになる。

もちろん、報酬なのかどうかはわからない。

とはいえ、非常にうまいやり方であることは確かだ。

選挙の紹介料としてとれば、税金の申告も必要だし、支払い元を調べれば、政治家がこういったブローカーに金を払っていることが公になってしまう。それが法に触れることなのかどうかはわからない。しかし、もしDが当選していたとして、選挙民から見れば、あまり気持ちのいいことではないかもしれない。気にしない人もいるだろうが。それに、もし店主と関わりの深い政治家が増収aiなどの事件を起こせば、店主を通じて、Dのイメージに傷が付くことは間違いない。

飲食店の形を取っておけば、安い食材の料理を安く提供しようが、高く提供しようが、かなり自由度がある。表沙汰になりにくい。

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あとで、政界に詳しい友人にこの話をしたところ、この手のブローカーはさまざまいて、この店主がどのようなポジションか、つまり、まともなのか、あやしいのかは、わからないとコメントした。

自分が付き合いのある政治家は、基本的にこの手の人物には近づかない、とも。

気になるのは、店主が、なぜ、ブローカーであることをほぼ隠さずに、政治と直接関係が無い、僕や他の来客をもてなしたのか、という点だ。ふつうに料理を出し、Dのおごりにしておけば、怪しまれることもない。今日は黒子に徹すればいいだけで、Dとの間でどんな合意があったかも、僕らにはわからない。ふつうにおいしかった、ごちそうさま、ですむ。僕らは政治の舞台に立つつもりはない、Dの単なる友人に過ぎない。店主がブローカーであることを見せても見せなくても、店主にはなんのメリットもない。

謎が残った。

 ★ ★ ★

謎は、意外に早く融けた。

会食から2日後、ミーティングに向かう途中、僕の携帯が鳴った。最近、僕は名刺に携帯の番号を入れている。以前はオフィスの固定電話だったが、最近は携帯だ。名刺は大量に配っているため、電話帳に登録のない番号からの着信も、以前とは違い、あって当然だ。

ちょっといぶかしく思いながらも電話に出ると、聞き慣れない名前を名乗った。僕が警戒心むき出して返事をすると、数日前のステーキ店の名前を出して、親しげ話し始めた。

「わたなべぱこさん、インパクトのあるお名前でとてもいいですね……」
「たぶん持って回った言い方しない方がいいと思って、はっきり言います」
「実は、次の選挙に出てみないかなと思って」
「ええ、衆議院です」

選挙はまだ先のはずですよ。

「表向きはね……」

同席した他の友人・知人にも同じ電話が行ったのかどうかは聞いていない。
(了)

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