(by paco)527検証9.11以降の10年

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(by paco)9.11同時多発テロから10周年。

9.11は僕にとっても大きな転機になり、これを境に、知恵市場はじめ、いろいろなところで社会的な問題についての発言をより積極的にすることになった。

広告業界からキャリアをスタートさせたこともあり、ずっと受注ビジネスをやってきたわけで、顧客の側に主導権がある仕事で生活してきた(それは今も変わらない)。それゆえ、顧客の機嫌を損ねない、と言うことについてのセンシティビティは当然あり、社会的な発言が顧客との関係を悪化させることには、それなりに注意深くやってきた。

9.11以前に、発言の立場を明確にしたきっかけは、1995年に「生命保険がわかる本」を書き、これが日本の生命保険会社を強く批判する内容だったことにもある。当時の「外資系生保」を強く擁護する内容になっていたために、執筆者としての僕と、広告業界の人間としての自分にズレが出てきたわけだ。

「生命保険がわかる本」は、国内生保を批判しているのではなく、国内生保が作っている商品を批判しただけで、その批判に基づき、今は国内生保も批判を受けた商品を作っているし、外資系が逆の商品をつくっていることもある。さすがに15年もたつと、世界が変っている。

しかし、当時は、国内生保(の商品)を批判したことについての自分なりの「けじめ」として、国内生保の案件は受けないことにした。当時は広告業だったので、広告の依頼が来ると、事情を担当者に説明して、「国内生保に限って」受けないと行って、納得してもらっていた。とはいえ、国内生保からの以来はそれ以前もそれほど多くはなかったし、僕自身、やりたいカテゴリでもなかったので、実際に仕事を断ったのは、1件だけだった。

9.11後にさまざまな批判活動を進めるにあたっては、僕が指摘した批判がどこの「気に触る」ことになるか、予想がつかないところが多かったために、それなりに腹をくくった。困ったことが起ころうとも、言うべきことは言わなければならない。会社員の立場では絶対にいえないことでも、フリーな立場ならいえること、フリーだから言わなければならない、と覚悟を決めた。結局この覚悟は、今回の3.11原発震災に際してもまったく同じ覚悟につながっている。

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改めて、10年前の9.11以後の発言を確認してみたい。
http://chieichiba.net/2nd/

と思っていたのだけれど、改めていくつか読んでみて、レビュー自体にはそれほど意味がなさそうなことに気がつきました。とはいえ、当時のリアルタイムの考えが書かれているので、9.11の生な経験が乏しい方はぜひ読んでみてほしい。

大きくいって、僕はアフガニスタン開戦も、イラク開戦も、反対だった。そして失敗するだろうと思っていた。

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反対の理由は、ひとつ。

戦争を始めるための正義も大義も見当たらないからだ。

一国が軍隊を動かして、他国に侵攻するという戦争は、国際法上は宣戦布告が必要になるが、アフガニスタン戦争の、真の相手は当時のアフガニスタン政府である「タリバン政府」の庇護のもとにおかれていると言われた、「アルカイダ」だった。

米国は、タリバン政府に対して、「アルカイダとビンラディンを引き渡せ」と主張した。タリバン政府は「テロに、アルカイダが関与した証拠を示せば、引き渡す」と言った。タリバンはひどくまともなことを言っただけだ。自国の保護下にある組織を引き渡すなら、相応の証拠はほしい。しかし米国は、アルカイダとビンラディンが犯人であるという、誰もがわかる証拠を示せなかった。ブッシュJr.大統領は、タリバンの主張を無視して、「相手にせず」と宣言して開戦した。

よく知られた事実だが、CIAが9.11テロの犯人として公表した犯人リスト21名の内、少なくとも数名は無実のアラブ人であることがわかっていて、偽装パスポートの被害者だったが、その事実がはっきりわかってからも、CIAは犯人のリストを変えてはいない。

主犯格はモハメド・アッタとされているが、ハイジャックされた4機の民間旅客機を操縦できるほどの飛行技術があったとは疑わしい。彼らはフロリダの飛行学校ではまったくの劣等生だったと証言が出ていたし、小型飛行機が操縦できても、大型旅客機を操縦して、しかも、細いツインタワーに、旋回しながら飛行して、激突できる技術があると考えるのはむずかしい。

小型自動車の運転ができるからといって、大型トレーラーに行きなりのって、時速100kmで運転しながらカーブして、スーパーマーケットの入り口に突っ込むようなものだ。

こんなきわどいことことを、少なくとも、ツインタワーとペンタゴンに突っ込んだ3人のパイロットが行った。それができる技量がアッタという証拠ないし、これらの人物がアルカイダのメンバーだったという明確な証拠さえないのだ。

こんな状態で、「アルカイダの犯行だ、引き渡せ」とタリバン政府に言ったところで、引き渡すとは思えない。もし、日本政府に対して、証拠も示さずに、「犯人がいるから引き渡せ」と言って、引き渡すか? そんな政府は誰も信用しない。

犯人についての疑惑は、こちらのページにも詳しく紹介されている。

最大の疑惑は、ペンタゴン(ワシントンの国防総省)に、ハイジャックされた旅客機が突っ込んだという話だ。事件の時に公表された惨劇の写真に写っているのは、ペンタゴンの建物に空いた穴だが、その周辺には、旅客機らしい破片はあまりに少なく、建物に空いた穴は、明らかに旅客機より小さい。どう見ても、ミサイル級のサイズしかない穴だ。
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などなどを考えると、米国政府が、テロの実態や、まして犯人を特定できるような証拠を持っているとはとうてい考えられない。これは、事件発覚直後から指摘されていたことで、開戦ののちになって出てきた話ではない。

証拠もなしにアルカイダを犯人扱いし、アルカイダを引き渡さないからと言って、アフガニスタンに侵攻した。

正義も大義も、はじめからなかったのだ。

その後、アルカイダを支援しているという理由で、イラクのフセイン政権打倒を目指して、2003年にイラクに侵攻。このときも、パウエル国務長官が国連で「証拠」を示してイラクの「悪事」を説明したが、不鮮明な衛星写真に写った建築物を「核施設だ」と説明して、世界のニュース解説者の疑惑を買った。各施設で会ってもいいが、核施設であるという決定的な証拠はまったくなかったのだ。

しかも、その前後に、IAEAの査察官だったスコット・リッターが、長期間、イラクの核施設を査察した経験と証拠をもとに、イラクには核兵器はない、と本を書いて証言。

しかし米国はこれらを無視してイラクに侵攻したあげく、イラクには核兵器はなく、アルカイダの訓練施設も見つからないという大失態だった。

しかも、アフガン、イラクの両方で、米軍は大量の民間人を殺害しているが、「誤爆」といいながら、必要のない殺戮も多く報告されている。

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2001年の9.11テロから、僕は徹底的に国際政治の動向を見るようになった。

そこでわかったことは、国際政治では公式見解にはあまりにも疑惑が多く、真実は非公式な知見を併せて考えなければ、見極めることができない、と言うことを知った。9.11後、世界は、公式見解と非公式な真実の解離が激しくなり、ある意味では、とても裏読みしやすい世界になった。たぶん、9.11以前は、世界の真実はもっと巧妙に隠すことができたのだ。

9.11後の世界を観察しながら、僕は世界の観察の仕方を学んだ。行政の審議会などに関わる中で、公式見解と非公式な真実の乖離がなぜ起こるのかも、目の前で学んだ。

そして、9.11から10年後、日本では原発震災が起き、原発を推進してきた権力の強大さと無計画さが、むき出しになるのを見るに至った。9.11後に、米国と世界の問題として経験したものが、日本でもむき出しになるのを、今僕らはみている。

9.11後、米国は決定的に国力を喪失し、不振にあえいでいる。ウソで塗り固めても、反映はやってこない。

日本人は、米国人よりも賢明に振る舞わなければならない。

ウソを見抜き、嘘を言う人たちを中核から排除し、少しは本当のことを言う人たちによって、国を運営し、世界に貢献していかなければならない。

9.11後に僕らが学んだ、ウソを見抜く力が、今、日本にあることは、幸いだ。その力を信じていきたい。

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