(by paco)523ロジカルファシリテーションでイシューを合わせる(前編)

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(by paco)金曜日(2011/08/05)に、「トコトン議論」と称して、グロービスの堀義人さんとソフトバンクの孫正義さんの討論が行われた。USTREAMで中継されたので、見た人も多いと思う。

この議論を題材に、ファシリテーションとは何か、イシュー(論点)を合わせた議論とはどのようなものかについて、話したい。

■イシューを確認し、イシューを合わせる

以下は、終了直後にエネこみ@facebookでやりとりした内容からの抜粋。
http://www.facebook.com/enecomi
前半の議論が特に退屈だったという意見を受けて。

★paco
☆otowa

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★前半の議論をやらずに済むようにするのが、ファシリテータの役割なんだよね。
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☆ファシリテータの役割って、例えば、堀さんが携帯の電波の話を持ち込んでましたけど、それはかんけいないよね?として、放射線の影響に話を戻すという感じですか?
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★そうじゃないんだよね。

ファシリテータは中立でなければならないし、議論するヒトが議論したいことを一方的にやめさせる役割ではない。

なぜ電磁波の問題を取り上げるのかを堀さんに質問し、それがエネルギーの議論とどう関係があるのかを答えてもらう。

そうすると、電磁波問題でも、どこからどこまでを議論すべきか、電磁波だけでなく、他の領域も議論すべきかどうかが明らかになる。

そこで、ファシリテータは引っ込んで、再度二人で議論をしてもらう。

昨日の議論では、孫さんは、電磁波も放射能も、「リスクはどちらも諸説あって不明確」という議論に持って行って、両者中立で終わらせてしまい、残念だった。

ファシリテータとしては、議論には参加しないので、孫さんがうまく主張できなくても黙っているしかない。でも、唯一の助け船として、新しいイシューを提示することはできる。

この場合は「受益とリスクのバランス」というイシューを持ち出すことで、孫さんを有利にすることはできるので、僕がファシリテータなら、こういう高等テクニックを使う。でも、本来は禁じ手。逆にファシリテータが原発推進派なら、知っていても、意図的にこのイシューは持ち出さない。

中立に見えるようにしながらも、ファシリテーターはある程度議論をコントロールできる、という一例。
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☆なるなる。

放射能の危険性を考える上で比較対象を持ち込むのはあり、だけど電磁波が妥当かどうなのかという話しと、電磁波とどこが同じでどこが違うのかは明確にして組み込まないとオチが付かないと言うことですね。

僕なら、経済性を主張しまくっていた堀さんの意見を組み込んで、携帯電話無くなったらどれくらいビジネスの生産性が下がるのか?原発停止で節電しなければならない生産性の低下とどちらが大きいのか?とか聴いてみたかったですねー。
禁じ手なのでしょうけどw

中立性という意味ではファシリテータはスポーツの審判に近い立ち位置ですね。中立性を無視すれば勝者を導けることも似ているw
反則行為を取り締まるところは同じで、違いは得点がない分ゴールを設定するところなのでしょうか?ここがイメージがしずらい。

最初に設定したゴールの内側に話しが収まっている場合はよいけど、外側の話しをしないと議論が進まない場合は、ゴールを変える必要がありそう。
そういう意味ではディスカッションを始める前からファシリテートは始まっているということなのでしょうかね。

堀さんからしたらぱこさんがファシリテータやると不利感はありますよね(笑)
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と言うことで、整理すると、

◎ファシリテータは、中立。一方のみに荷担しない(当然の前提)。
◎常にイシューを捉え、一致させる。
◎足りないイシューを先読みする。

という役割があることがわかる。

このほかに、一般的なファシリテータの役割として、以下のようなことがありますが、これは当然のことなので、説明はしない。

◎双方をケンカさせず、冷静かつ論理的に話をさせる。
◎双方、相手の主張を理解しているか、常に確認する。
◎聴衆に向かって議論をさせる。
◎双方の持ち時間、アピールの程度をなるべく均一にし、不公平をなくす。

■イシューの管理とは何か?

さて、ここで改めてファシリテータがイシューをどう管理するかについて書いてみたい。

まず、上記の冒頭の質問にあるように、「堀さんが携帯の電波の話を持ち込んでましたけど、それは関係ないとして、放射線の影響に話を戻」してはいけない。

討論全体のイシューは、エネルギー問題、脱原発についてなので、確かに電磁波の話は関係ないように見えるし、放射線の話に戻すことが合理的に見える。実際、USTREAM中のtwitterからの意見も、電磁波は関係ないだろう?というツッコミが来ていた。しかし、一見関係ないように見えても、一方(堀さん)が電磁波の話を出していることに意味がある可能性があるし、堀さんが持ち出したイシューをファシリテータが一方的に「関係ないですよね」といってしまうと、堀さんに一方的に不利になる可能性がある。

このような場合、ファシリテータがやるべきことは、まず、堀さんがどのような理由でこの話題を持ち出したのかを確認することだ。

実は、確認するためには、それ以前に、ファシリテータは堀さんのイシューをはっきり言語化しておかなければならない。

「電磁波のリスクは、実はかなり大きいのではないか?」
(「電磁波のリスクはどの程度大きいか?」)

が堀さんのイシューになるが、より詳しくいうと、

「孫さんは放射線の危険を大きく問題視しているが、孫さんがやっている携帯事業も電磁波を放出していて、電磁波のリスクも検討すべきではないか?」

となる。

ここまではファシリテータは議論を聞きながら、自分の頭で考えてメモを取っておく必要がある。議論のやりとりを理解しながら、イシューを同時にとらえるのは、脳をふたつに分けで運用するような感じだが、実際には慣れればできるものだ。

堀さんが電磁波の話を持ち出し、孫さんとのやりとりがややスムーズにいかなくなってきた2往復目ぐらいのタイミングで、ファシリテータが介入するのがベスト。

「すいません、ちょっと確認させてください」

と切り出し、

「堀さんが今やろうとしているイシューは「電磁波のリスクは、実はかなり大きいのではないか?」と言うことですよね?」

「僕を含め、聴衆のみなさんは、今日は原発やエネルギーの話だと思ってきています。電磁波の話は唐突な感じなので、(*)聞いている人のために、なぜ電磁波の話をするのか、電磁波の話と今日のテーマである原発やエネルギーシフトの話との関係を説明してくれませんか?」

と切り出す。

ここで、(*)が意外に重要で、堀さんが悪いのではなく、聞き手がついて来れていない、というように質問することで、堀さんもファシリテータの介入を好意的に受け入れることになる。登壇者は聴衆からの支持を期待しており(これは小さな社内会議でも同じ)、聴衆がついて来れなくなる状態を改善することについては、優先順位が上がるのだ。

堀さんは、ここで、電磁波と原発問題との関係を説明することになる。おそらくこんな感じだ。

「原発事故による放射能飛散は確かにいいことではないけれど、それがどの程度危険かを考える必要がある。原発にせよ、携帯電話にせよ、自動車や飛行機にせよ、利便性がある一方で、リスクもあり、交通事故では毎年日本で数千人亡くなっている。危険がちょっとでもあればダメという議論は原発問題を考えるときにはフェアではない。そこで、孫さんがやっている携帯電話事業を例に挙げ、もし携帯電話のリスクを受け入れるなら、原発のリスクを受け入れない理由とバランスを取らないとフェアではない、それで電磁波の問題を議論しようとしている。」

このように位置づけを整理すれば、聴衆も納得感が出るだろうし、放射能問題と比較するのは、電磁波だけでなく、交通事故や化学工場事故も含まれると言うことに気づく。

ここでファシリテータは、やりとりを再設定する。

「わかりました。これは議論しておくべきことですね。」
「堀さんは、今回の大きな原発事故であっても、実際の被害は電磁波や高越事故ほど危険ではない、と言うことだと思うので、再度、なぜそう考えるかをお話しください」

これで堀さんの議論が再提示される。たとえば

「今回の原発事故ではまだひとりも放射能では死んでいない。チェルノブイリでも事故処理に当たった作業員をべつにすれば、一般市民への影響は甲状腺がんにかかった6000人程度であり、死者はずっと少ない。この数字は交通事故の毎年5000人程度よりずっと少ない。携帯電話でも、発がんリスクがWHOによって正式に指摘されている。放射能は浴びない方がとはいえ、携帯電話や自動車と比べて、ずっと危険だというのは誇張のしすぎでフェアではない」

ここで、ファシリテータは孫さんにバトンを渡し、反論を促す。

「放射能の被害は長期にわたり、現段階では顕在化していないが、将来は増える可能性がある。特に子供の被害が心配だ。どの程度か予測が付かないことが問題」
「電磁波のリスクはヘッドセットを使うことでかなり下げられるし、電磁波の影響についても、諸説あり、危険がないという説もある」

基本的には、ファシリテータは双方のやりとりに任せることになるが、より厳密に議論を進めるには、さらにイシューの面で介入する。

「改めて確認します。孫さんは電磁波のリスクは諸説ある、科学的データを参照すべき、と言っていますね。一方堀さんは、ある科学的データによると現状の放射線量は長期的にも健康被害は電磁波やクルマの被害より小さい、と言っています。となると、この点では、孫さんと堀さんは、<どの科学的知見を参照するかによって結論が変る><科学的な情報を十分集めても異なる結論が導かれるだけで、電磁波被害に比べて放射能被害が決定的に重大だとはいえない>というのが合意点になりそうですが、そういうことでよいでしょうか?」

このファシリテータの介入は、これまでと同じく、イシューを確認しているだけなので、双方の議論に対して中立だ。中立に立ちながら、議論を深めていくのが、ファシリテータの仕事になる。

では、このイシューは、本当に双方中立にしかならないのだろうか。あるいは科学的知見を待つしか無いのだろうか。

確かに、世界的に疑いなく合意されていることだけで考えると、(低線量)放射能の危険は、他のリスクと比べて多いとはいえない。よって、孫さんの主張は弱まり、実際には堀さんに有利になる。

孫さん危うし。
(実際、孫さんは、この号移転で議論を収めている)

実は、ここに新しいイシューを投入すると、自体が変わる。ファシリテータがこう言ったとする。

「ところで、電磁波の被害と放射線被害は、単純に比較できるのでしょうか? 電磁波は携帯を個人が使わなければ浴びることがなくなるし、社会的に<携帯は危険だからやめよう>という合意がなされれば(脱原発のように)、やめられ、電磁波は止まるので、被害もそこまでです。一方、放射線被害は今日原発をやめても、使用済み燃料の問題が残り、事故でばらまかれた放射能も、数十年は消えません」

「やめればすぐに危険がなくなる電磁波と、そうではない原子力は、単純に比較できると思いますか?」」

ここではファシリテータは再びイシュー(疑問)の提示をしていることが重要だ。ファシリテータはどこまでもイシューの提示で議論を管理する。

とはいえ、イシューを提示する前に、説明があり、この説明は実は孫さんに有利になる説明だ。つまり助け船を出していることになる。一方に助け船になるようなイシューを、ファシリテータはあえて提示してはならない、という原則に立つこともできる。

それとは別に、ファシリテータの役割は、議論を尽くすことであり、議論されていないイシューに気づけば、提示するべきだという考え方もある。

この選択は、単純ではない。

 ★ ★ ★

だいぶ長くなったので、ここで今週は切りたい。
来週また、続きを書いてみたい。

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