(by paco)「あらたにす」というサイトがあります。サイトの説明によると、
「あらたにす」は、「新しくする」の古語です。「新s」というロゴには「新(new)+s=NEWS」の意味があり、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞の3紙の叡智を結集し、新しいことを次々生み出していきたいという願いが込められています。
というわけで、日本を代表する3大新聞が共同で運営しているサイトで、メディアリテラシー的にもなかなか興味深いサイトです(といっても、僕の評価は、あまり高くはありませんが)。
このサイトのコラムが、そこそこおもしろいのでときどきチェックしているのですが、先日こんなコラムが載りました。
筆者は「松本仁一 ジャーナリスト、元朝日新聞編集委員」。
タイトルは、「イラク:米軍の8月撤退の後は?」。
なかなか<おとなの社会科>的なので、読んでみました。ふむふむ。珍しく、概ね間違っていないと思われる記事です。最後のあたりを引用してみます。
○「楽に勝てる戦争」のはずがブッシュ氏に中東情勢の知識や戦術論があったとは思えない。大統領に「イラクは大量破壊兵器を隠して持っている」と吹き込んで戦争を始めさせたのはチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官らだった。
ラムズフェルド氏らは、01年に始めたアフガン戦争が泥沼化していることに焦り、「イラクならポキリと折れるから」と大統領に対イラク開戦をうながした。それはボブ・ウッドワード著「大統領の戦争」で明らかにされている。彼らは「楽に勝てる戦争」をし、ついでに石油利権も支配したかったのだ。大量破壊兵器はその口実にすぎなかった。
米軍の撤退後に何が起きるか。それは、うその理屈をでっちあげて戦争を始めた人たちが引き受けなければならない。
いくつかコメントします。
◆このとき、大メディアは何をしたのか?
まず、イラク戦争が「でっち上げの口実によって行われた」というのはすでに周知の事実なのですが、それを大新聞が関わるサイトで明言したことは、半歩前進としましょう。大メディアしか見ない読者の中には、もしかしたら「でっち上げ」だとは思っていなかった人もいるかも知れません。こういう事実は、きちんと特集を組んで知らせるのがメディアの責任ですが、実際にはそれが行われていない。
新聞社が運営するサイトに、こういう情報が載ったこと自体を評価しなければならないというのは、実はとても情けないことです。まず書かなければならないことは、筆者の出身母体(朝日新聞)を含めて、大新聞がこの事実をこれまでどのように扱ってきたか、どのように知らせる努力をしてきたか、ということを、自ら問い、反省しなければなりません。
※米国では9.11テロのあと、ブッシュJr.政権のいいなりに記事を書いた反省をいくつかのメディアが自身の力で行っています。
イラク戦争開始のときは、大メディアはいずれも戦争に反対せず、小泉政権が「全面的に支持する」と、根拠なく支持を訴えたことを無批判に受け入れ、報道しました。どのメディアも、ブッシュ政権の「ウソと危うさ」をまともには指摘せず、戦争に反対したヨーロッパ諸国を米国高官が「古い欧州」とバカにしたのを、そのまま受け入れて報道しました。
ということさえ、皆さん、すでに忘れてしまっていると思います。なんでみんなこんなに忘れっぽいんだろう。
「あらたにす」というサイトでイラク戦争のことを書くなら、まず、自らがどのような報道をして、それがいかに世論を誤った方向に進めたのか、その報道によって、日本がいかに誤った行動を取ったのかを明らかにし、反省しなければなりません。しかし、この筆者にはその姿勢がまったくない。偽善、欺瞞以外の何ものでもありません。
◆このとき、大メディアは事実をつかめなかったのか?
まるで他人事のようなこの記事ですが、ではこのときは、真実が公表されておらず、のちにこの「でっち上げ」が明らかになったのでしょうか。
NO!
イラク開戦当時から、イラクには大量破壊兵器がまったくないか、もしあったとしても、それは実質的に危険のない程度のものであることは、はっきりしていました。
僕はイラク開戦前に「この戦争に大義はない、開戦理由は相当に疑わしい」ということをコミトンに書いてきたのですが、主たる論拠は、イラクの核査察を行ってきたIAEA(国際原子力機関)のスコット・リッターの著作(開戦前に日本語版も出版された)によりますが、そこに書いてあることをそのまま信じたわけではなく、この人物がどのような人なのか、ほかの情報源はないのか、複数の情報源をあたり、リッターのいうことは正しいという結論に達して、イラク開戦に正義はないと結論づけました。このことについては繰り返し書いたし、開戦賛成の人物と公開討論会を開いて議論したりもしています。
僕はあくまで、個人で情報をワッチしているに過ぎず、中東の専門家でも国際関係の専門家でもありません。増して特別な情報源を持っているわけでもないのに、このぐらいのことはわかる。
大メディアであれば、もっとさまざまな、生の情報源に当たる力あり、複数の記者が多面的に分析することで、より精度の高い情報発信ができて当然です。つまり、イラク戦争は、開戦前にすでにでっち上げて正義がないことは十分つかめたのです。にもかかわらず、それをしなかったか、またはわかっていたけれど、意図的に書かなかった。
ちなみに、戦争が始まれば、泥沼化することも、開戦前からはっきりわかっていました。
その意味で、大メディアは、このブッシュの戦争の指導者と同罪です。そして、小泉政権は、新聞以上にさらに大きな過ちを犯しました。小泉政権、外務省は、イラク戦争に正義がないことを知る立場にあったのに、そのことはまったくおくびにも出さず、意図的にブッシュ政権の開戦を支持し、金も人も出した。
その結果、財政の厳しい中、多額の税金が投入され、イラク人と米軍兵士の死に貢献してしまいました。
さらに自衛隊までイラクに派遣し、日本がイラクの敵である米国の味方、つまり敵の味方は敵、ということで、日本はイラク人の敵になりました。
さらにさらに、イラクを愛する日本の若者が危険を冒してイラクに入り、イラクで貢献しようとして、ゲリラにつかまったり、殺害されたりしても、政府は彼らを非常に冷淡に扱い、イラク人の味方の日本人を敵にしました。イラクをはじめとする中東では、当時日本は、米国と違って親近感や信頼感が高く、信頼された国民だったのに、この戦争に「意図的に誤った判断」をしたことで、その信頼を完全に失いました。中東が日本にとって、石油の産出地域として非常に重要なことを考えれば、大メディアと小泉政権が犯した過ちがどれほど大きかったのか、計り知れません。
そして、イラクに行った若者たちの名誉は、今も傷ついたまま回復されていません。
にもかかからず!!!
この政局の中で、望ましい総理大臣として小泉の名前が挙がる。
このような誤解を国民がしていることについて、大メディアは重大な責任を持っているのに、この筆者の書きっぷりの傍観者的なこと。まったく責任というものを感じさせない態度です。
僕たちは、このことをしっかり頭にたたき込んでおく必要があります。
◆なぜ大メディアは事実をつかめないのか?
ひとことでいえば、ぼけっとしているからです。役割も責任も、果たす志がなく、すっかり会社員、サラリーマンに成り下がっている。
政治家や官僚だけに情報源を頼り切っていて、自分の足、自分で情報を集めようとしていない。たまたま情報に出会っても、政治家や官僚の言っていることと矛盾していれば、スコット・リッターのような人物のメッセージであっても「トンデモ本」としてかんたんに切り捨ててしまうメンタリティなのです。
もちろん、大メディアのたくさんの記者の中には、疑いを持つ人もいます。正しい認識に近づける人もいるでしょう。しかし、それが記事に載ることはない。大メディアが政治家や官僚の言うことと違うことを書けば、政治家や官僚はへそを曲げて、そのメディアを嫌います。すると、次から情報を取りにくくなるし、政治家や官僚は自分のいうことを書いてくれる別のメディアに特ダネを流すようになります。「そんなことになったら、おまえは仕事にならないぞ」と記者の上司(デスク)が脅します。努力して疑いを持った記者も上司に言われれば、弱気にならざるを得ない。
こうして、情報操作する政治家や官僚が生まれ、操作されるメディアが生まれ、真実がわからなくても平気な国民が生まれます。
僕はトンデモ本・トンデモサイトもたくさん読みます。トンデモですから間違いもあるし、誇張もある。でも、そういう情報と大メディアが出す情報を比較し、何が真実なのか、必死に探る努力はしています。その努力の結果、理解が足りないことはあるけれど、少なくも大メディアの出す情報を鵜呑みにすることの怖さはよくわかる。
◆我々は何を「引き受けるべき」なのか?
筆者は最後に「うその理屈をでっちあげて戦争を始めた人たちが引き受けなければならない」と結んでいます。
まるで自分は何も引き受けなくてもよいかのように。
一方、日本人は何も引き受けなくてもよいのでしょうか。そんなことはありません。
まず、事実として多額の借金を引き受けている。イラク戦争(2003年?進行中)に対して、2兆円負担することになる、という試算が開戦前に出ていましたが、もちろん、この程度で済んではいないでしょう。パパ・ブッシュがフセインと戦った湾岸戦争(1991年)の時、日本は90億ドル(1兆円以上)を戦費として払い、この戦費負担を「金しか出さなかった」と非難されたことが、小泉政権の「イラク戦争支持」につながっています。
日本は自衛隊を出し、沖縄などの駐留する在日米軍に毎年「思いやり予算」と称して、1995年以降は、毎年2000億円以上の税金を支出しています。すで任務は終わっていますが、米国の軍艦に燃料を給油する海上給油、そして今も続く西インド洋、ソマリア沖の海賊対策。おそらく、このほかにもいろいろな名目で戦費を負担しているのだろうと思います。
まったくのでっち上げてはじまったこの戦争によって、日本は数兆円の税金を支払い、それが国債発行残高としてのちの世代にまで負担が残ります。そのカネがあれば、子育て支援や介護福祉や失業者対策や、いろいろなことに使えたはずです。
それ以上に、戦争によって失われてしまった中東の人々との信頼関係は取り返しがつかないでしょう。日本は太平洋戦争で米国英国と戦い、アジア人も互角に戦えることを示しました。戦後はユダヤ(イスラエル)にばかり荷担せず、中立的に振る舞ったために、アラブの人々から信頼を得てきました。それが日本が今安定的に石油を輸入できる大きな理由のひとつになっています。
アラブの人々との信頼を壊してしまった今、これからも同じように石油を売ってもらえるかどうか。信頼の再構築という課題を、引き受けなければなりません。
こういったイラク戦争の「ウソ」のつけを、大メディアはしっかり国民に伝えなければならにあのに、その責任をまったく引き受けていない。
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情報を分析し、何が正しい可能性が高いのかを考え、その分析から未来を推測することを先読み力、先見力といいます。すべてのことを推測することはできませんが、わかることも少なくない。そしてわかるはずのことを知る努力をしなければ、大きなつけを払うことになり、しかも、そのつけを払っていることの不条理を知ることさえないまま、負担だけが重くのしかかるということがしばしば起きます。
これから起こるであろうことも、目を背けることなく、先をよく努力を続ける必要が重要です。
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