(by paco)先週木曜日に、whatセミナー「日本の現代史」day2を行いました。day1、day2で、現代史の基礎的な知識とメカニズムは頭に入れてもらったので、いよいよ今週のday3(最終回)では歴史から何を学ぶか、どんなことがわかるようになるのかをみんなでディスカッションしようと思います。
あらゆる知識はすべて同じですが、知識を吸収する主体である、僕ら1人ひとりがどのようなイシュー(問題意識)をもつかによって、学べることも、意味合いもまったく違ってきます。
学校時代に学んだ歴史では、年号や人物名、できごとを精確に理解することが歴史だと教えられてきました。つまり、「客観的」な事実を正確に生ぶことであり、だからこそ年号や漢字が重要でした。そのため、もっとすごいことには、ギリシャ人やアラブ人の人名をカタカナ表記したときにどのように書くと正解で、どのように書くと不正解、などということが受験テクニックとして教えられています。今でも覚えていますが、ギリシャ人の「ツキジデス」を「チューキヂデース」「ティーキュジディース」などと書くと不正解になるので、ヘタにギリシャ語に近い表示をしないで、「東京の市場は?」「築地です」と覚えなさいと、予備校の先生に習ったわけです。そんな話は覚えているのに、ツキジデスが何をした人か、さっぱり覚えていません。実にくだらないですね。
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ツキジデス=「ツキジデスは古代ギリシアのアテネの人です。アテネとスパルタの戦争ではアテネ艦隊の将軍としてスパルタと戦いました。」ということで、この経験を「戦史(歴史)」という本にまとめた人ですね。グーグルがかんたんに教えてくれる時代になった今も、ツキジデスは覚えないといけないのでしょう。
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歴史から学べるかどうかは、イシューをもつかどうかが重要であって、ファクトではありません。
戦争に明け暮れた日本の現代史に、どのようなイシューをもつことができるか、考えてみましょう。番号はランダムです。
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(1)なぜ日本は無謀とも言える戦争に突入したのか?
(2)太平洋戦争は、本当に避けられなかったのか、やむを得なかったのか。つまり、敗戦は日本の現代史の必然だったのか。
(3)そもそも、歴史に必然性はあるのか。だとしたら、今現在も、変更不可能な必然の流れに乗っていることになり、僕らは何をしてもしなくても、結果は変わらないということになるが、それは本当か。
(4)もし敗戦が回避できるとしたら、どのような歴史の流れになったのか?
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たとえば、こんな感じのイシューを立てられます。ほかにどんなものが考えられますか? どんどん考えてみましょう。
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(5)この時代、帝国主義をとり、外国に進出しないと、逆に外国にやられてしまうしかなかったのか?
(6)米英と戦争になる前に、日本が米英の主張に妥協していたら、日本はどうなっていたのか?
(7)日本の敗戦の責任者は誰か?
(8)天皇には敗戦の責任があるのか?
(9)当時の内閣には敗戦の責任はないのか?
(10)当時の国民は、戦争の悪化についてどう考えていたのか?
(11)日本はなぜ、満州や中国に進出したのか?
(12)中国大陸の何を獲得し、何は獲得できなかったのか。
(13)何が目的で米国英国と開戦したのか?
(14)対米英戦争である太平洋戦争は、本当に勝てない戦いだったのか?
(15)太平洋戦争は、日本が先制攻撃したが、なぜ日本が先に攻撃したのか?
(16)世界各国は日本の行動をどのように見ていたのか?
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まだまだ出てきそうですが、ひとまずおいて、こういったイシューが今の僕らにとってどのように関係してくるのか、考えてみましょう。
先に考えておきたいことは、(3)と(4)です。
(3)そもそも、歴史に必然性はあるのか。だとしたら、今現在も、変更不可能な必然の流れに乗っていることになり、僕らは何をしてもしなくても、結果は変わらないということになるが、それは本当か。
(4)もし敗戦が回避できるとしたら、どのような歴史の流れになったのか?
「歴史にifはない」という言い方をよくします。特に日本人は好きな言葉のような印象ですが、この「ifはない」というのは、「歴史は変えようがないのだから、過去のある時点で違うことがおきると仮定をしても、何も変わらない」と言う意味なのだと思います。この意味合いをさらに推し進めると、歴史は何をしても変わらないという意味になり、さらに現在進行形の、これから過去の歴史になるできごとに対しても、変わりようがない必然性に支配されているという考え方になりがちです。その結果、少々何をしても今からおこりつつある歴史は変えようがなく、少々じたばたしても始まらない、という運命論に陥りがちです。
実は、歴史の必然性という議論は、僕は中学?高校生ぐらいのときに、イギリスの歴史家アーノルド・J・トインビーの本をたくさん読んで、なるほどと感心したのを覚えています。もうだいぶ前なのでよく覚えていないのですが(今Wikiってみたのですが、彼の業績についてはいまいち具体的ではなく)、トインビーからは「歴史観」という言葉を教えてもらいました。
歴史がどのようなメカニズムで動くのか、いくつかの類型があり、王や皇帝のような支配者が動かすという考え方や、実は民衆の思いや願い全体が時代の雰囲気をつくって、その雰囲気に王や皇帝が乗っていくという考え方、王や皇帝のようなピンポイントではなく、さまざまな領域にいるキーパースンのキャラクターが相関関係を生み出し、歴史を動かすといった考え方です。
それぞれの類型のうち、どれが優れていて、合理的か、ということを以前はずいぶん考えたのですが、それにはあまり答えが出ないというか、僕自身が年齢を重ねるにつれても考えが変わってしまい、次第にどの見方がいいと言うことは考えなくなりました。
しかし、いずれにせよわかったことは、誰か(何か)が影響を与えて歴史を動かしているということで、その何かは、少なくとも神のような超越者ではなさそうだという点です。超越者ではないとすれば、集団か個人かはわからないにしても、自分たちのやり方で今進行中の歴史は変えることができる、ということでした。
つまり、過去のある時点(たとえば満州事変のとき)に、日本人にせよ、イギリス人にせよ中国人にせよ、だからが違う考えを持ち、行動をとっていれば、その動きが大きくなり、実際に起きた歴史とは別の力を加えることになって、歴史が変わることがありえるのだということを革新したのです。歴史は、確かに起きてしまった過去という点では変えることはできないにしても、「違う歴史である可能性は常にある」ということに気がついた、ということでもあります。
この「違う歴史もありうる」という感覚をはっきりつかめたことは、その後の僕の時代感覚や歴史観、行動に、大きな影響を与えました。
悲惨な過去があったとしたら、その悲惨な事態がなかった別の過去が「起こりえた」ということであり、「悲惨な事態」を当時の人たちが「あえて防がなかったか、防ごうとしたけれど、悲惨な事態を積極的に起こそうとした人の動きに勝てなかった」ということを意味します。こう考えてくると、たとえば戦争も「やむを得ず起きた」のではなく、「誰かが積極的に戦争を望んだ」からであり、また誰かが「積極的に戦争をやろうといった人に追随した」り、「戦争に必死に抵抗したけれど、止められなかった」からだということを意味します。
であれば、過去の歴史の中で、誰が「積極的に戦争を起こそう」としたのか、その目的やねらいは何で、誰かがそれに「追随した」のなら、それはなぜ追随してしまったのか、また「戦争を止めようとした」した人は誰で、それでもなぜ止めることに失敗したのか、ということを考えることができるのです。
そしてこれをさらに深めれば、もし今が、「悲惨な未来への途上」にあるなら、誰かが悲惨な未来を「求めている」ことになり、誰かが「それをやむなしと追随」していて、誰かが「悲惨な未来に至らないように止めている」ことになります。そしてそれぞれの行動の相関関係がうまく機能すれば「悲惨な未来」は回避されてよりよき時代になり得るのだ、ということがわかります。
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たとえば、地球温暖化についても同じことが言えます。温暖化がおこっていて、そのまま放置すると非常に悲惨な環境になってしまう可能性がある、とわかってきてます。
日本の戦争の現代史と照らし合わせてみると、1937年(日中戦争)前後に、中国との戦争をずるずる続けていると、日本はとんでもないことになる、と予想したことに相当するでしょうか。温暖化についても、「温暖化はおこらない」「温暖化しても問題はない」と考える人は今もいます。これらの人々は、1937年頃、日中戦争を続けても、ひどいことにはならず、ハッピーな未来がやってくると考えた人と同じでしょう。
温暖化の危険性に対する認識は人によって違っても、それに対して、「多少問題が起きても、今の社会環境は変えようがない」と考える人と、「問題が起きるんだから、変えなくちゃ」と考える人、「変えた方がいい社会になる」と考える人もいます。それぞれの人の認識と、それに対する考え方、行動のとり方で、歴史が変わっていくのです。
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歴史を見ると、どのような人がどのような考えで行動をとったのか、結果の予想がついていたのかわかっていなかったのか、問題を感じていたのかいなかったのか、なぜわかっていたのに行動につながらなかったのかなど、いろいろなことを知ることができます。
たとえば、日本が敗戦への意思決定を行っていく1937年から1941年の時代、戦争以外の道を考えようとしていた人たちのうち、特に権力を持っていた人たちが、軍部や極右のテロにあって暗殺されていきます。暗殺されなくても、暗殺の恐怖を感じ、沈黙していきます。戦争を望む人たちがテロや暴力という方法を選ばなければ、戦争のリスクをわかっている人たちが影響を与えて、戦争を止められたかもしれません。
思想の弾圧も大きな影響です。戦争の危険性をわかっていた人たちに権力を与える人、たとえば投票によってそれらの人々を当選させる国民が、この頃から思想弾圧を受けて、戦争の危険について考えられなくなります(考えている人たちは、政治犯、思想犯として投獄され、拷問され、処刑されていきました)。
軍にいる戦争を進める人たちも、戦争のリスクについて考えられなくなっていきました。たとえば、日本の敗戦の大きな理由は石油や鉄鉱石などの戦略物資の補給を重視せず、シーレーンを守れずに、戦う意思はあるのに、資源不足で弱体化していきました。古今の戦史を見ると、補給を軽視した軍は多くが負けているし、日本でもたとえば、戦国時代の有力な武将はすべて補給を重視しています。ところが日本軍は、華々しい戦闘作戦を担当する参謀ばかりに権限が集中し、補給(兵站)や諜報、政治は軽視されていきました。典型的な負けパターンです。
このような見方をしておくと、今の地球温暖化にどのように立ち向かうか、温暖化に積極的でない人(温暖化してもかまわないと考える人)が大きな顔をするメカニズムが見えてくるし、温暖化防止に積極的な人たちがちゃんと生き残って影響力を行使し続けることの重要性も見えてきます。さらに、戦争を進める人がどうやって反対者をつぶしていくかを見ておくと、温暖化防止の声がどのような方法で消されていくかも学ぶことができます。
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あるべき世の中にしたい、こういうちゃんとした商品が売れるようにしたい、といった思いは、多くの人がもっていますが、なぜその願いがかんたんに叶わないのかを突き詰めて考えることはあまりしません。歴史を見ると、こういうメカニズムを、すべてではないにせよ、見つけることができ、推し進めるための条件を知ることができます。歴史を見てわかったことから、必ずうまくいくアクションを見つけられるというわけではありませんが、何もしないでいるよりは、ずっと多くのことを学ぶことができるのです。
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