(by paco)最近聞いた、ちょっとばらばらな話を並べてみます。
★裁量労働制とサービス残業
まず、人事系のコンサルティング先の関係で聞いた話。この会社では、裁量労働制の導入を検討しているのですが、そのアプローチの中で、いくつか興味深い実態が浮かび上がってきました。
まず、サービス残業。サービス残業自体は、労働者をただ働きさせているわけですから、悪いことではあります。上司が残業の上限を指示して、それ以上つけさせないという実態も、この会社に限らず、さまざまな会社で行われている、という点で、不正行為が常態化しているという側面があります(関与先の会社が、サービス残業を容認しているとか、実態があるという意味ではありません、あくまで一般論として理解してください)。
サービス残業は、社員の立場から見れば確かによくないことですが、しかし、「悪いことと言えるのかな?」という意見もあります。経営に理解を示しているということではありません。本来の勤務時間である、9:00?17:00の間、自分はまったくサボらずに、充分密度濃く、働いているのかと考えると、ちょっとあやしい感じもある、という自覚だ、というわけです。スモーキングルームに何回もかよって、10分、15分とおしゃべりしていれば、それだけで1日1時間ぐらいになると感じている人もいるわけで、そのぶん、夜遅くまで仕事をしたと考えれば、退社時刻が21時でも、残業をつけるのは20時にしておこう、というように考えることも、自然なことと言えます。逆に、残業を厳密につけて、ということになれば、じゃあ本当にその時間まで、すきまなくきっちり仕事をしていたのか?と問われかねなくなり、それはそれで窮屈です。日中もそこそこすきまがありながら、そのぶん、夜取り返す。だから残業時間も少なめにつける。時間だけ見れば「サービス残業」でも、実態は「見なし残業」だという考えもあるわけです。
とはいえ、実際に退社時刻と残業申請が一致していなければ、労基署からはサービス残業だと見なされる可能性があるわけで、会社としてはリスクを抱えていることになります。このリスクを解消するひとつの方法が、裁量労働制と見ることもできます。勤務時間と残業代計上を別物であると切り分けることで、何時までいようと、自分の業務を遂行するためにいたのだから(成果主義)、残業もつけない代わりに、サービス残業にも当たらないと見なされるため、企業としてはサービス残業を放置したと責任を問われるリスクを回避することができます。
裁量労働制やホワイトカラーエグゼンプション、年俸制などは、世間一般では、経営側の人件費カットがねらいと指摘されるわけですが、果たしてそうなのかなと感じてきました。いろいろ聞いて回るにつれて、今企業が恐れているのは、コンプライアンス違反の方であり、サービス残業をいかに組織、しくみとして防ぐかだと感じるようになってきました。ではなぜ経営者がサービス残業問題を恐れるのでしょうか? という話は、また後ほど。
●冷え込む不動産ビジネス
不動産関係の友人から聞いた話ですが、マンションを中心に、不動産価格の下落が続き、バブル崩壊のころみたいだということでした。ここ数年は、「失われた10年」の地価下落から、値頃感が出て、不動産取引は比較的好調と聞いていました。「姉歯事件」の後を受けて、建築承認に時間がかかるようになったために、着工と販売件数が減っているようでしたが、需要そのものが大きく変わっているようには見えなかったので、件数が減っているなら、むしろ供給が下回り、値段はむしろ強気になっているのではないかと考えていたのですが、違うようです。
大きな要因は、金融機関が不動産事業者に貸す金の「貸しはがし」です。「失われた10年」の終盤に、小泉改革の中で金融機関の審査が厳しくなったとき以上、ということでした。
マンションデベロッパーは、土地を仕入れて、マンションを企画し、ゼネコンにマンションを発注して建ててもらい、マンションを一般ユーザーに販売してキャッシュを回収して、利益を出します。土地の仕入れからキャッシュの回収まで時間がかかり、巨額の資金が必要のため、運転資金を常時金融機関から借りる必要があるわけです。マンションができて予定の期間に完売すれば、運転資金を返すことができますが、売れ残りが出るようだと返済が難しくなります。すると、貸した資金は焦げ付く可能性が高くなるので、金融機関としては破綻のリスクがある債権と判断することになります。
とはいえ、デベロッパーは常に複数のマンション開発を並行しているので、1件が多少うまくいかなくても、別のマンションが好調で早く完売すれば、返済余力ができます。この余力を、いまいち好調ではない物件の借り入れ返済に充てれば、返済自体は問題が無くなるというロジックが、以前は通用していました。複数の案件が不調になれば、全体の資金運用が悪くなるものの、個々の案件の中で多少悪いものがあり、まだらになっているのは、やむを得ないという了解が、金融機関にもデベロッパーにもあったのです。それが、厳密に運用されるようになった結果、従来の考え方なら「健全」と判断できるデベロッパーまで「不健全」と判断されて、不良債権化する前に融資を抑えてしまう「貸し渋り」や「貸しはがし」が横行しているというのです。これによって、中小デベロッパーの倒産が始まり、業界全体が不況状態になっているのです。
なぜ金融機関は、今の時期に貸出先のリスク基準を厳格化しているのでしょうか?
●食品衛生と不祥事
船場吉兆が「使い回し」が発覚して、廃業しました。
吉兆のような高級料亭の料金は、最低でも2万円台、実際のところの客単価は5万円とも10万円とも言われているので、僕らのような庶民が行くところではありません(^^;)。ではこういう金を出して食事ができるのはどんな人かと言えば、金持ち、というより接待でしょう。
このレベルの接待では、何を食べたかという料理の質以前に、どんなグレードのところに連れて行ってもらったかが接待のグレードを表し、食事中は、商談なのか雑談なのかY談なのかは僕には想像も付きませんが、料理の質に話題がいつも集中するということは、まずないでしょう。となると、箸もつけずに下げられる料理も増えるだろうし、板前さんが値段なりに心をこめてつくっても、それにふさわしい客が食するとは限らず、「どうせ食の味もわからないなら、使い回しておけ」と考えたとしたら、それはある意味、合理的で笑っちゃえるような判断なのかもしれません。もちろん、「そんなもんだよね」と冗談で話すのと、実際にやっちゃうこととはまったく違うわけで、やるべきでないことには変りありませんが。
こういった食品関係の不祥事がなぜこのところ急増しているかと言えば、今になって急に悪いことをする食品関係者が増えたわけではなく、以前からあったことが、このタイミングに、表に出るようになったと考えるのが自然です。実際、船場吉兆の使い回しの歴史も、長いわけです。いつも行く飲み屋で出される銘酒が、その銘柄なのはビンだけで、中身はずっと安い酒だとしても、気がつく人がどれほどいるかと考えれば、不正に手を出す人がいても不思議ではありません。
以前からあったことなのに、最近急に表に出るようになった。その背景には「内部告発」があり、告発を受けた監督官庁が積極的に動くようになったということにほかなりません。ここにも、「厳格化」というトレンドを見て取れます。
●死刑執行
最近、気になる点としては、死刑執行が増えているという事実です。連続少女殺害事件の宮崎勤が処刑されたとニュースになりましたが、死刑執行は、鳩山法相が就任してからの執行は13人になったと報道されています。宮崎死刑囚への執行は、確定から2年4か月。刑事訴訟法は確定後6か月以内の執行を定めていますが、過去10年の執行までの平均期間は約8年で、これに比べ早期の執行です。
この「大量執行」を朝日新聞が「死に神」と論評し、これに対して鳩山法相が猛烈反論に出ていますが、さてどっちが正しいのでしょうか。
確かに、執行命令書に署名捺印するかどうかは、法相の判断事項ではなく、本来は、法令に従って6か月以内に執行すべきものです。報奨が自分の意思で執行を止めるかどうかを判断する権限がある、という規定はありません。
その一方で、日本でも1993年以来10年ほど、法相判断で執行が止まっていたという時期があり、また海外でも、死刑制度そのものは存続しているけれど、執行は停止、という国や州も珍しくありません。死刑はセンシティブな問題だけに、法令通り厳格に進めればいいと言うものではないというのが、世界的な了解事項になっていると考えるべきで、そういう意味では「法令に従って行動するのが法務大臣の職務」という鳩山法相の論理は世界の実態を見ていないし、一方で朝日新聞の主張も一理あるものの、それを法務大臣個人を攻撃するかのように表現するのも、センセーションを狙った古いマスコミの体質を感じます。
本来であれば、死刑制度そのものをきちんと議論し、法改正して、死刑を廃止するのか、厳格化するのか、など決着をつけるべきでしょうが、そういう方向には今のところいってはいません。ただ、鳩山法相はもしかしたら、隠れ「死刑廃止論者」なのかもと思わなくもありません。これだけ大量の死刑執行が続けば、死刑歓迎というよりは、死刑に処して何がいいことがあるんだろう?と考える人が出て来て、議論がおきてしまいます。死刑制度を存続させるにはむしろ「波風立てずに、そっと目立たないぐらい執行」の方が効果的です。
ともあれ、ここでの動きも「法令に定められたことなんだから、きっちり執行」というのがキーワードになっています。
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人事制度、不動産、食品偽装、死刑執行と、ばらばらな事象を見てきましたが、これらの事象は本当にばらばらに起きているのかと言えば、NOで、背景にあるのは「ルールの厳格運用」でしょう。公正取引委員会、証券取引所なども、ルール違反者に厳格に対応する動きが明確になっているという話を聞きます。官僚のタクシー接待のニュースもこの文脈で理解することができます。
では今なぜ、こういう動きが出てきているのかといえば、実は日本の国策・国益がここに集約されているという背景が浮かび上がってきます。
日本は、今中国などの中進国、いわゆるBRICsとの競争、脅威にさらされています。これらの国との競争の中で、日本の強みは何かと考えたときに、民主国家であり、法治国家であるという点が違いだと、政府が焦点を絞り、重点的にアクションをとっているらしいと言うことが見て取れます。
隣の大国・中国は、民主国家でもなければ、法治国家という側面も未熟で、地方の財界有力者や共産党幹部の恣意が強く働く国家体制です。インドは世界最大の民主国家ですが、身分制度は法律的には否定されているにも関わらず、カースト制が根強く残るなど、法治国家としての力は不十分です。ロシアは、すでに「プーチンによる絶対王政」の状態で、マスコミは破壊され、非合理的なルール運用がまかり通っています。
民主主義、自由主義、法治主義という近代国家の要件をきっちり整えているのは、世界の有力国の中でも多くなく、アジアのリーダーとしてふさわしい、というメッセージを訴えることで、日本の将来を切りひらこうとしているのかもしれません。
こういうコンセプトそのものは、歓迎すべきことだとは感じられますが、厳格な運用が何をもたらすのかについては、注意深く見ていく必要がありそうです。それは、思っている以上に身近なところに影響がある話だからで、今日の残業代をつけるかどうか、運転資金がストップして会社がつぶれてしまったり、マンションの供給が減ったり、会社の中に秘せられた不正を知ったときにどう対応するか、といったことにも関係する話なのかもしれません。
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