(by paco)今回のテーマは、以前もちょっと触れた「少年事件に関する秘密漏示事件」のその後です。
このテーマに関しては、以前、「[知恵市場 Commiton]328政府の、イシューずらしと個人攻撃を見抜く」という記事を書いていて、今回はその続編ということになります。
この「秘密漏示事件」について、ちょっとおさらいしておきます。
今から2年ほど前、2006年6月20日に、奈良で放火事件が起きました。火をつけたのは当時17歳だった少年で、この放火で家にいた少年の継母と異母弟妹が焼死し、少年は「殺人」相当の非行を行ったとして少年院に送られました。
この事件を起こした少年は、日本屈指の進学高校に通う秀才で、少年のIQは132と驚異的な知能を持っていました。日ごろからまじめで、事件を知った誰もが「なぜ?」と驚いたというこの事件の本質に迫るべく、ジャーナリストの草薙厚子さんが書いた本が「僕はパパを殺すことに決めた」です。
この本は、その多くのページが、少年の精神鑑定を行った鑑定医の鑑定調書で構成されていて、この長所を含めて、少年事件の審判内容はほぼすべてが(日本では)非公開となっているために、この鑑定調書がそのまま本として公開されたことが、「漏示事件」として、改めて事件化されることになりました。
つまり、事件は、ここではふたつあり、ひとつはもともとの奈良の少年による放火殺人事件。もうひとつが、この事件を追った本についての「情報漏示事件」です。
今回僕が問題にしたいのは、後者、「情報漏示事件」についてで、この漏示事件をどうとらえたらいいか、という点について考えていきます。
実は、この漏示事件の後、渦中の著者、草薙厚子さんは新しい本「いったい誰を幸せにする捜査なのですか?」を出版し、この漏示事件の問題点を問題として糾弾しました。少年犯罪、それについての情報漏示と出版、その漏示事件の捜査と裁判という込み入った話になっているので、構造をしっかり頭に入れてください。
尚、草薙厚子さんについては、追跡!「佐世保小六女児同級生殺害事件」
「少年A 矯正2500日全記録」
などを読んでいて、彼女の取材と主張は一通り読んで、問題意識の高さは十分理解しているつもりです。
さて、今回の情報漏示事件ですが、昨年2007年9月14日に、草薙厚子さんの自宅に検察官が乗り込み、強制捜査を行ったことから始まります。容疑は、情報漏示罪。この犯罪は、わいせつ罪などと同様、親告罪で、被害を受けた人が告訴して初めて捜査が始まる犯罪です。告訴したのは奈良放火事件を起こした少年とその父親です。プライバシーが侵害され、少年の更生の妨げになるというのが理由です。
ここで押さえておいてほしいことは、これは「犯罪に対する捜査」=刑事事件であって、プライバシー侵害によって不利益を被ったことに対する賠償を求める民事裁判ではないという点です。出版物によってプライバシーが侵害されたり、不利益を被ったときは、通常は当事者同士の争い、つまり民事事件として処理され、出版した側がどこまで突っぱねるか、折れて金を払うかで、「どっちが悪かったのか、正義があるのか」が世間的に見える、というような形になるのが通常です。出版物について、刑事犯罪に問われるのは、非常にまれだし、この「秘密漏示罪」自体、ほとんど犯罪として立件されることがない、まれな事件です。
この異例続きの立件と強制捜査を報道で見て、当時僕が感じたのは、「法務省が決めた少年審判のルールを侵害したことに対する、法務省の報復」だという点でした。
少年犯罪は、成人の犯罪と異なり、裁判ではなく審判で裁かれます。犯罪とは呼ばず、非行とか、触法行為と呼ばれ、審判は非公開、審判に関するほぼすべての情報も非公開です。事件が起こり、犯人がつかまるまでは、犯人が少年かどうかわからないために、いろいろな報道がなされ、事件の詳細が社会に伝えられますが、実行したのが少年だとわかったとたん、報道できることはほとんどできなくなり、その後は、事件そのものがいったいどのようなものだったのか、なぜ少年が事件を起こしたのか、防げなかったのか、その少年はその後、どのように扱われ、罪の償いはどうなるのかについて、知られることはありません。
草薙さんはこの少年審判のあり方について、ずっと問題にしてきました。彼女は少年鑑別所の法務教官であり、その後、ジャーナリストに転身して、少年犯罪についての本を世に問うてきました。その中で彼女が一貫して問題にしてきたのは次のような点です。
最近の少年犯罪は、動機がわかりにくいことが多くなり、多くの親が自分の子どもも犯罪に走るのではないかと恐れるようになっています。以前の少年犯罪は、貧しさや家庭環境など、置かれた生活環境の厳しさから、反社会的な行動に走ることが多く、理由も結果もわかりやすかった。しかし最近の少年による犯罪は、つい昨日までは普通の子どもだったと見られていたのに、いきなり殺人など、重罪を犯したり、それも「いくらなんでも、そのぐらいの分別はあるだろう」というような状況で、<あり得ない>行動に出るということが多くなったことが、大人たちを激しく戸惑わせています。少年犯罪の数自体はかつてと比べて増えているわけではないのに、「最近は少年の凶悪犯罪が多い」と感じられるのは、犯罪の理由がわかりにくく、防止の方法がわからないことが大きいのです。
草薙さんはこの点に注目し、少年犯罪の取材を精力的に行ってきたわけですが、そのことが、現状、国(法務省)がやっている少年事件への対応が不十分であり、問題を解決できない、という批判になっていました。少年審判の秘密主義が、少年事件を社会から隠蔽し、原因もわからない、対処法もわからないという状況に社会を追いやっていることで、さらに次の少年事件が起きている、というのが彼女の主張でした。
実際、思いつくだけでも、バスジャックして多くの乗客を殺傷した少年、親戚の少年を駐車場で殺害して突き落とした事件、教室で同級生の首を切って殺した少女の事件。つい先頃も、駅で見ず知らずの人を突き落とした少年、事件を起こして闘争しあげく、鉄道駅付近で複数の通行人を死傷した少年など。すごすぎる事件が頻繁に発生し、大人たちはその原因も対処法もまったく思いつかない状況にあるのは事実です。少年審判の情報を握っている法務省も、少年犯罪が起きている理由と対処法を語ることは、いっさいしていません。草薙さんの主張は、非常に重要だという点は、まったく同感です。
このような少年事件が起きているという背景の中で、草薙さんは、少年審判の情報を社会に知らせることこそ、正義だと考えるようになっていったのでしょう。奈良の放火殺人事件の取材では、少年の精神鑑定を行った鑑定にアクセスすることに成功し、鑑定調書を見せてもらい、それを全面的に使って「僕はパパを殺すことに決めた」を執筆することになるのです。
この奈良放火事件の不可解さについて書いておきましょう。少年は医師である父親から厳しく育てられ、医師になるよう強要されてきました。激しい体罰を含めて成績を上げることを求められている中で、学校の試験で英語の成績が目標を20点下回ってしまいます。正直に父親に話せばどんな体罰になるか恐れ、つい20点増しの成績だったとウソをついてしまうのですが、程なく行われるはずの三者面談で、この嘘がばれることは明らかでした。そこで、少年は面談の前に、自宅に火をつけて父親を殺害することを計画、周到に準備するのですが、実行日のその日、父親は予定が変わって家に戻らず、自宅にいないことを知りながら、放火を実行してしまうのです。結果的に、殺すつもりも理由もなかった継母と異母弟妹が死亡します。事件後、審判で「父親がいないのに、なぜ放火したのか」が問題になりました。知能は十分高いので、放火しても父親を殺せないことはわかったいたけれど、放火してしまった。継母と異母弟妹が死ぬかもしれないことは、あまり自覚がなかったということがわかり、精神鑑定が行われて「広汎性発達障害」と診断されました。広汎性発達障害とは、アスペルガー症候群などに近い自閉症の一種で、特定のものに強いこだわりを持つというアスペルガーなどと違って、自閉症と診断されにくい、最近明らかになった病気です。この病気の特徴は、自閉症と同じく、一度決めたことについて、状況に応じて柔軟に変更することが難しい、こだわりが強いことにあり、基本的な知能はとても高いのに、父親がいないことがわかっても、放火の予定を変えられないという点も、広汎性発達障害の特徴のひとつで、これが事件の要因だったことが審判で明らかにされていきました。ちなみに、広汎性発達障害はきちんと診断できる医師が少なく、もし精確に診断すれば、少年(男女)の10?20%にも上るとも言われています。広汎性発達障害は、周囲が早く障害に気づき、適切に対応すれば、問題なく社会生活が送れる反面、理解がないと、状況がこじれ、今回のような事件にいたる、というのが草薙さんの主張です。そのため、この障害と少年の不可解な事件の関係、そして障害に対する適切な対象を広く知らせることが、今の時代の急務だというのです。
念のため、繰り返しておくと、自閉症や広汎性発達障害が犯罪を招くのではなく、障害に気づかずに対処を誤ると、犯罪につながる可能性が高まるということなので、この精神障害に対する正しい理解をしていくことが重要です。
ということで、最近の少年犯罪の原因の一つと、それに真剣に向き合おうとする草薙さんの姿勢、そして向き合おうとしていない国。そこに、あえて非公開の鑑定調書を使って本を作るという行動に出た草薙さんの本と、非公開の情報が外に出てメンツがつぶれた国(法務省)、という関係の中で、今回の情報漏示事件に発展していきます。
と、ここまで書いて、通常の紙面がいっぱいになってしまいました。続きは来週。あらためて本題に入りたいと思います。
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