(by paco)345ネットカフェ難民と企業の責任

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(by paco)「ネットカフェ難民」という言葉はすっかり有名になったので、知らない人はいないのではないかと思います。

いろいろな理由で日雇い派遣や違法な業務請負の仕事しかできない状況に陥り、困窮から定住するアパートを追われて、ネットカフェの深夜料金や、マクドナルドの深夜営業を利用して夜を過ごす、ホームレスすれすれの貧困層が、ネットカフェ難民です。

ネットカフェ難民の実態については、これまでいくつかTVドキュメンタリーが放送されてきているし、本も出ています。
ネットカフェ難民と貧困ニッポン

ネットにも情報が出ています。

→グッドウィル提訴から始まる 「ワーキングプアの逆襲」
http://www.j-cast.com/2007/09/23011552.html
http://www.j-cast.com/2007/09/24011553.html

→広がる若者世代の貧困 「一回転ぶとドン底まで行く」
http://www.j-cast.com/2007/06/30008795.html
http://www.j-cast.com/2007/07/01008796.html

さて、ネットカフェ難民問題の概略をつかんでもらった上で、この問題をいくつかの支店で深めてみましょう。

まずひとつめは、焦点の「データ装備費」問題です。

データ装備は、法律を厳密に解釈すれば、違法性は明かな費用でした。しかし1回(1日)当たり200円と少額で、「任意で払うお金」という建前になっていたために、徴収していた派遣会社の側から見れば、それほど重大なことだとは思わなかったのでしょう。

日雇い派遣であっても、日給が1万円以上あって、仕事もほぼ確実にできるなら、この200円はあいまいなままに済ませることができたかもしれません。しかし、日雇い派遣の日給は6000?8000円と低額で、希望する日にコンスタントに働くこともできず、月に10万円にも満たない収入の人が多くなってくると、この200円の意味が重くなってきます。ネットカフェ難民の多くは1日の食費が1000円未満で、場合によっては所持金100円で数日過ごすこともあるという状況です。こうなると、200円はずしりと重く、不透明なお金を取られているということが、問題の核心のひとつになっていったのでした。

さて、ここで考えてほしいのですが、あなたがグッドウィルやフルキャストの社員だったとして、このデータ装備費の問題を、もっと早く、自主的に解決する方法があったと思いますか? あるいは、実際にはできなくても、なんとかすべきだという発想ができたでしょうか。

日雇い派遣の労働者との間には、毎回(毎日)雇用契約書が交わされていました。そこにはデータ装備費についての記載があり、「任意」であること、使途は「労災保険」や「ヘルメット」「ユニホーム」などの仕事に関わるお金や、「雇用者の情報をデータベースに登録するお金」などとなっていました。労働者からこのカネについては繰り返し質問を受けていて、

「任意なら、払わないといえば返してくれるのか?」
「働いているときにケガをしたが、治療費はもらえなかった、保険料というのはウソだ」
「ユニホームのTシャツは自分で買わされた」
「雇用者の情報を登録する費用は、派遣会社が受け取るマージンから払うのは当然」

こういった労働者の質問に対して、あなたは苦しい言い訳をしなければならない立場です。任意だが、払わないという選択は認めていない。保険料ではない、ユニホームでもない、データを管理するのはコストがかかるから、これでも一部に過ぎない、など。そして最後は、「文句があるなら、働かなくてもいい!」と宣言し、弱い立場の労働者の口を封じなければならいのです。

実際のところ、派遣会社の社員も会社からかなり厳しいノルマや責任を預けられ、労働時間は長く、派遣した労働者が予定通り集まらなければ、派遣会社の社員なのに、労働者と一緒になって派遣先で働かなければならないといった現実がありました。労働者に足しては強者の立場ですが、派遣会社との関係では自分が弱者であり、自分も苦しいがゆえに、労働者に対して、いじめにも近いような、強圧的な態度をとってしまう、と言うこともあると思います。

バブル崩壊後の「失われた10年」の中で、日本企業はもがきながら経営を続けていて、正社員も非正規雇用も、どちらがいいともいえないほど搾取と酷使が続けられてきたのだということがわかります。しかし、それでもあえて言えば、このデータ装備費を変えられるとしたら、派遣会社の社員であるあなたの方でした。それが、できたのか、あるいはやめるべきだと会社に言えたのか。

厳しいようですが、こういう場面が今非常に多くなっているように思います。

食品偽装事件を起こした企業の社員も同じでしょう。偽装が悪いことだとはわかっていても、上司から命じられればやらざるを得ない。「そんなことをやっていると、あとでとんでもないことになる」と上司に言えば、陰湿な社内いじめに遭う可能性もあります。最悪の場合、職を失い、自分がネットカフェ難民にならないとも限りません。それでも、何かできることはあるのか。

偽装はなくても、サービス残業の問題が恒常化している企業に勤めている方もいると思います。経営側からは予算が与えられ、売上目標とコスト目標が落ちてくる。人件費の予算もあり、残業時間はつけられても35時間まで。そんな人もいるのではないでしょうか。実際の仕事は、とても35時間では終わらず、50時間なのか80時間なのかわからない、でも正直につけるなんてことはあり得ないし、実際、どのぐらいやっているのか正確なこともわからない。

その一方で、企業はCSRと称して、社会貢献や環境にお金をかけ、報告書をつくって「自分たちはちゃんとやっているすばらしい会社」と訴えています。どこが社会的責任なんでしょうか。

企業には二面性があり、社員にやりがいのある仕事のチャンスをくれて、得た利潤を社会に還元するという善なる面と、働く人から搾取し、不正を承知で実行せよと働く人に強要し、それに疑問を持つ社員を黙らせたりいじめたりすることもなんとも思いません。多くの会社では、食品偽装やデータ装備費のような、明らかな違法行為をやっていることは少なく、サービス残業のような、「小さな」「自分だけがガマンしているわけじゃない」不正や脱法行為ぐらいのもので、仕事自体はそれなりに満足度もあるし、ほかの会社よりいい面もあるから、今の会社にいよう、という人がほとんどだと思います。

そういう中で、偽装やデータ装備費のような「やっては行けないこと」を命じられたとき、どうするかという問題とは、やはりちょっと質が異なると思います。そういう場面で、自分ならどうするか、正社員の立場であっても、常に突きつけられているのが、今の時代なのではないでしょうか。

こういう場面では、多くの人が「長いものには巻かれるしかない」という行動をとるわけですが、それ以外の方法としては、2つ、考えられます。ひとつは、会社に対して一定の強い立場に立てるようにしておくこと。たとえば、仕事のクオリティを上げて、一定の評価を得ていて、言うべきことはいい、やるべきことはやるという人の意見なら、会社は効いてくれる可能性もあるでしょう。あるいは、会社を辞めても別の会社に行けるような仕事の実力をつけておくという方法もあります。

もうひとつの方法は、弱者が強者に負けないしくみとしての労働組合です。ネットカフェ難民も労働組合を結成して団体交渉に当たり、成果を勝ち取りつつありますが、サービス残業や不正の強要などは、同じように組合を通じて団体交渉に持ち込めば、改善の余地があります。というより、そういう場面のためにあるのが組合であり、恒例の春闘のためにある組織ではないはずです。

僕はグロービスで教えたりしているし、経営の立場でものを考えるようにと教えてきたので、どちらかといえば、前者、つまり自分の実力をつけて、会社を動かせる人間になってもらいたいと考えてきました。しかし、「失われた10年」が過ぎて立ち現れてきた現実を見ると、それもきれいごとに過ぎないのかもしれないと思わざるを得ません。さらに言えば、今は戦いの焦点が見えていないかのようなユルユルの労働組合は、本来やるべきことをまったくやっていないのではないか、と思えるのです。

逆に、経営の立場にいる人には、なぜこのような、偽装や不正な「データ装備費」徴収といったことをやろうと発想するのか、そのことをよく考えてもらう必要があります。

業界の慣例だから。他社もやっているから。株主からの利益拡大要求が強いから。瞬間瞬間は、いろいろな理由があるわけですが、理由があるからと言ってやっていいことと悪いことはあり、善悪の区別が付かないのは、オトナの中でも特に実力のある、経営の立場にある人たちの方なのです。もちろんすべての経営者、マネジャーが善悪の区別が付いていないわけではないのですが、悪と知りながらも、それを拒否するのではなく、意図もたやすく一線を越えてしまっているように感じられてなりません。

悪、または、限りなくクロに近いグレイが身の回りにあるのに、そしてそれを変えうる立場にあるのに、あえて手をつけず、放置する。それが自分のためにもなると言い訳して、行動をとらない。そういう鈍感さがひろく蔓延しているように見えます。ビジネススクールで教えるべきは、不正の誘惑を断ち切るための具体的な方法論なのかもしれません。

「データ装備費」を労働者に強要する立場だったらどうするか。人材派遣会社の「経営」の立場だったら、どうするか。

という2点について考えてきましたが、あなたの身の回りには、不正や、クロに近いグレイの場面はないでしょうか。そしてそれを承知で、立場の強さを利用して押しつけたり、逆に押しつけられたりということはないでしょうか。

今の日本で、こういう「見えにくい悪」がどのぐらい、どこにあるのか、今とても気になっています。もし、「こういう例がある」という情報を持っているなら、匿名でもいいので、paco宛メールをいただければと思います。情報の秘密は守ります。

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