(by paco)社会起業家という存在が少しずつ認知されるようになってきました。
社会に存在する様々な問題に対して、政府や行政ではなく、NPOやNGOのように非営利団体としてでもなく、ビジネスのしくみを使って解決しようとするアプローチで、英語ではソーシャル・アントレプレナーです。今回は、昨年NHKで放送されたBSドキュメンタリーに登場したふたつの社会起業家(企業)をレビューした上で、社会起業家のメカニズムについて考えます。
最初の例は、米国・サンフランシスコから世界に向けて活動しているKIVAという社会起業事例です。
KIVA(キーヴァ)のビジネスモデルはインターネット上の金融事業で、先進国の一般市民から一口25ドルという小口の「融資」を集め、その資金を途上国で起業したい個人事業者に融資するしくみで急成長しています。
具体的な融資の例はこんな感じです。アフリカ・ウガンダ北部に住んでいたある女性は内戦で夫を亡くし、娘二人と何も持たずに南部の街に逃げ延びてきました。しかし生活は困窮状態から抜け出せません。彼女は単純労働の低賃金から抜け出すべく、故郷で作っていたピーナツバターづくりで生計を立てることを思いつきます。ピーナツバターはウガンダ人の大好物で、市場は十分あり、作ることについては北部出身の彼女にとっては習熟しています。しかし最初の資金がありません。ピーナツと白ごまを仕入れ、火にかけて練り上げるための燃料を買うことができないのです。
彼女は地域のNPOと出会い、KIVAのしくみで融資が受けられるかもしれないと知らされて、NPOスタッフが彼女の事業を紹介するページをKIVAにアップしました。必要な初期投資は150ドル。2万円にも満たない額ですが、彼女にとっては見たこともないような大金です。KIVAのサイトには彼女と娘の写真と簡単な事業計画、返済計画がしるされ、必要額150ドル(25ドル×6口)と表示されました。
このページを見たサンフランシスコに住む30代の若い夫婦や、北欧に住む老夫婦などがクレジットカードで25ドルずつ融資すると名乗りを上げ、150ドルが集まり、このお金がKIVAからウガンダのNPOを経由して彼女の元に届けられました。大金があっさり集まったことに戸惑いながらも、彼女は市場でピーナツと白ごまを数キロ、それに簡易コンロと炭、鍋、製品を入れる密閉パック(ZipLockのような)を買い、スラムの狭いアパートでピーナツと白ごまを炒り、できあがったピーナツバターを袋に詰めてバスに乗り、中心地の小さなスーパーマーケットなどを回って置いてもらうように話をつけました。
この製品が予想以上に順調に売れて、最初の売上から次の仕入れのお金を出し、じょじょに生産量を増やして、当初予定の半分、3か月で借りた金を返すことができました。彼女はその後、再度KIVAから融資を受けて、生産量を増やし、いずれは自分の工場を持って困っている女性たちを雇いたいと希望を持っています。
さて、この事例のメカニズムを紹介しましょう。
KIVAの有志は無利息です。課した先進国の人も、借りた途上国の人も無利息。ただし、あくまで有志なので、返済があり、事業がうまくいかない場合は、途上国のNPOが建て替え返済して、返せなかった借り主は単純労働などで稼いだ金を長期間返さなければなりません。しかし返済額は元本のみなので、時間をかければ返せるしくみになっています。
KIVAはこの事業を行うために、送金手数料がコストとしてかかります。貸し手からクレジットカードで払われたお金はいったんKIVAの口座に入りますが、このとき、クレジット会社の手数料が無料になるよう、KIVA設立時に交渉しました。またKIVAの口座から途上国のNPOの口座まで送金手数料は、通常の数分の一になるよう交渉し、資金移動の手数料削減をぎりぎりまで実現した点が、KIVAのビジネスモデルを成立させています。
これによって、KIVAのコストはKIVAから途上国への(減額された)送金手数料、ウェブサイトの制作と運営費、数名の運営スタッフの人件費になりますが、この資金は、KIVAへの寄付でまかなっているようでした。資金を貸し出す人、そして企業スポンサーが付いて、そこからの寄付が運営資金になっているという点では、むしろNPOといえそうです。しかし一方で、貸し出したお金は返さなければならず、貸したお金も生活のためではなく、事業のために使うことが前提で、途上国で事業に成功すれば、お金が戻り、そのお金を再投資することで、成功の循環がつくれるという意味では、NPOというより、やはりビジネスだという側面を持っています。
KIVA創業者のマット・フラナリーさんは、もともとはシリコンバレーで働くシステムエンジニア。KIVAのサイトも自分でつくってしまったわけで、彼はKIVAを「ビジネスだ」と定義しています。しかし、KIVAの融資総額が成長しても、KIVA自身の収益が増えるしくみにはなっていないという意味で、これをビジネスと呼ぶべきかは微妙なところです。また、KIVAに協力するカード会社や送金手数料を下げている金融機関は、本来獲得できる収益を犠牲にしてこの事業に協力しているという点で、やはりかかわる事業者に正当な利益をもたらしてはいないし、現在のところ、KIVAが成長しても協力企業の成長にはつながりません。
総合して考えると、KIVAの事業モデルは、本来の意味でのビジネスではないものの、いわゆるNPOの活動のように、寄付や行政からの資金を使いながら社会的問題を解決するのとも違います。企業とNPOの中間というか、両方の面を併せ持っているという点が興味深く、KIVAを「企業」と呼んでいいのか微妙なところではありますが、今後の成長によっては本当の企業に育つ可能性はあるでしょう。
まず、KIVAにはすでに10億円を超える資金が集まっているという点です。25ドルという小口の積み重ねとしてはかなりの額で、この額から生まれる事業は収益性がありますから、今後は「成功した融資先からは、利息相当の報酬を受け取る」という展開はありえます。運営は最小限の人員で行えるので、融資残高が大きくなれば、わずかな成功報酬でも十分な利益が上げられる可能性があります。かかわっている金融機関は、CSRの予算で収益の低いサービスをやってもらうことを容認すれば、事業として自立することができるでしょう。その時始めて、本当の意味での「社会的起業」になるといえるのかもしれません。
次の例はインドです。
インドの「モバイルメディクス」、医者の出張サービス事業で起業しました。インドでは無医村が多く、こういった村では病人やケガ人はタクシーに高額を払って近郊の街まで行き、5分治療、高い薬を受け取るために1日を費やさなければなりません。高額のために医者に行くのをためらい、ひどくしてしまう人も珍しくありません。
このような問題を解決するために、医者、看護婦、薬剤師、薬を乗せたクルマを農村部に巡回させる事業を考えついた若者がいます。大学の学生時代にこのプランを思いつき、社会企業のビジネスプランコンテストの世界大会で優勝するのですが、ここで得た評価に自信を深め、大学卒業後、実際に事業化に踏み切りました。
ビジネスモデルは以下の通り。
農村地域の中核となる小都市を拠点に、軽自動車クラスのワゴン車を購入し、医師、看護師、薬剤師と契約し、薬を仕入れます。ワゴン車を社長が運転し、スタッフと薬を載せて10?30キロ程度はなれた周辺の村に出張し、村の有力者から借り受けた納屋などを臨時の病院にして、開業します。1日2?3時間の営業で次の村に移動し、1日2?3村を巡回。1日に30?100人程度の患者を診ることができれば、スタッフの報酬と社員の人件費、クルマや事務所費用などの会社の運営費がまかなえる計算です。
農村側のメリットは、患者数によりますが、おおむね週1?3回、医師が巡回してくることになり、無医村の状態より格段に医療環境はよくなります。医師は内科から外科までおおむね全ての病気やケガを治療でき、重大な症状の時は街の病院に反訴する手配まで可能です。薬は街の病院と同水準のものを提供可能。日本でも離島の診療所はこんな感じでしょう。農村の人々の支払うコストは、街に行って払う病院と薬のコストとほぼ同じ。しかしタクシー代を払わずにすみ、移動の時間も必要ないので、医者に行っても1日棒に振らずに済むので、大きなメリットがあります。
さて、この事業、成功するでしょうか? ビジネスモデルとしては、上記のKIVAより事業らしいまっとうなモデルです。
しかし実際に始めてみると、半年ほどで行き詰まるぎりぎりに追い込まれてしまいました。原因は、患者数の伸び悩み。こういった農村では医者の代わりに呪術師に近いような無免許の医師がいて、半ば非合法とはいえ、それなりに医者としての役割を果たしてきました。村人はここで直らなければ街の病院に行くという習慣でした。そこに巡回で医師がやってきたときに、無免許の医者よりは値段も敷居も高く、町の医者より信用がおけないということで、関心はあるけれど受信しないという状態が続きました。また、創業者が「こんなに優れたサービスなんだから、医者が行けばみな集まる」と勝手に解釈し、村人ひとり1人にモバイルメディクスのサービスの趣旨や目的を周知徹底していませんでした。そのため、医者が来ているという認知も不足し、知っていても、どういった目的でどんな医者が来ているのか、知らないために、足を運ぶ人がいなかったのです。
問題点に気づいた若い経営者は、無料診療デーをつくっておためし患者を集め、信頼を獲得すると同時に、村人の間に入っていってサービスの趣旨を直接対話した結果、患者数が増え始め、可能性が見え始めています。
このモバイルメディクスの例からわかることは、ビジネスモデルとして成立し、ニーズがあっても、実際にそれを利用する人が出てくるとは限らないという点で、社会的起業こそ、マーケティングや対顧客コミュニケーションが重要になるという点が浮き彫りになったという点です。社会的起業は、他の人が解決しようとしない問題を解決するという点で、「ニーズはある、受け入れられるはず」と思いこみがちですが、これまでにないタイプの事業だけに、理解され、信用されるのに時間がかかるという問題も抱えています。コストはかけられないとはいえ、マーケティングや広告宣伝にコストをかけないと、事業モデルが回らないという矛盾とジレンマを抱えています。
この点は、KIVAも同じ問題を抱えていたのですが、KIVAの場合、ネット上のブログコミュニティが初期のKIVAを見いだし、クチコミでアクセスが増えたために、サービス開始から半年で一気にユーザ数を獲得することに成功しました。これはインターネットの善なるメカニズムが働いたいい例ですが、これがどの社会的起業家にもおこるとは限らないのが難しい点です。
このように、社会的起業が成功、というより、モデルとして成立するためには、まだまだ不確定な要素が多くあり、ひとつひとつ手探りで成功の道を探っている状態です。しかし、社会的な問題にビジネスのメカニズムを使って立ち向かおうとする動きが顕在化しているの事実であり、またそのビジネスモデルは、本来の資本主義的なモデルある必要は必ずしもないという意味で、ビジネスといえるのか、NPOなのか、きわどい場所に成立する、というより、成立させてもいいものなのでしょう。
僕が環境面でやっているのもわりとこういうきわどいあたりを狙っていて、やはり純粋なビジネスとしてスタートするのは難しいのだなとちょっとほっとしたりしています。そして当初から「いずれビジネスとして成功してやる」と意気込む必要はなく、社会的「起業」であっても、半分営利、半分非営利というあたりを狙うのは、ひとつの落としどころとしてありそうだということに気がつきました。
今、大学生など若い人たちと話していると、こういう事業に興味がある人も少なくありません。少しずつノウハウを蓄積し、あまり試行錯誤しなくても社会的起業に参画できるようになればいいなと持っています。
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