(by paco)328政府の、イシューずらしと個人攻撃を見抜く

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(by paco)読者の皆さんはほとんど知らない「事件」だと思いますが、ある本がちょっとした話題というか、波紋を広げています。今週はこの波紋の意味を、読み解いてみたいと思います。

その本とは、「僕はパパを殺すことに決めた」で、著者は草薙厚子、講談社刊。草薙厚子は知恵市場で別の記事を書いているので、そちらも参照してください。

20071014(by paco)渋谷 妹バラバラ殺人事件裁判記録から
20071006(by paco)「普通の子ども」の犯罪、その本質に挑む

「僕はパパを殺すことに決めた」は、奈良県で起きた「医師宅放火事件」の犯人とされた17歳の少年の犯行を書いた本です。僕は読んでいないのだけれど、最初に注目したのは、今から1?2か月前の小さな記事で、「どこだかの図書館がこの本を貸し出し禁止にして公開書庫から引っ込めた」という内容だったので、あれ?と思ったのでした。

アマゾンにいって調べると、すでに新刊書は売られていなくて、古書は5000円を超える値段がついていました。関連するニュースを調べてみると、どうやらこんな話が見えてきました

この本の中で、著者の草薙厚子は、犯人である少年の精神鑑定を行った鑑定医から話を聞き出し、「鑑定医に取材をした」と断って、鑑定の内容を本に書いたようです。僕が読んだことのある草薙の著書にもしばしばこういう記述があり、彼女は人脈をたどって鑑定医を探しだし、説き伏せて、取材をした内容をもとに本を書いていました。

少年犯罪の審判内容は完璧にクローズされていて、情報がまったく漏れないようになっています。犯罪を犯した少年は、きちんと更生させて社会に戻すというのが日本の方針で、社会に戻ったときに、「かつての殺人犯」ということがわかって、偏見によって社会生活が営めなくなれば、再犯のリスクが高まる、それを防ぐためにも、少年犯罪の詳細は完全に非公開なのです。

その一環で精神鑑定をした医師の名前も非公開、その結果もほぼ公開されない、という状況の中で、草薙は取材を敢行し、取材源を匿名で本にして社会に「公開」しました。

ということは、「匿名」と言いつつも、どこの誰かは、簡単に特定できることはわかります。しかし、情報が完全にクローズになっていますから、本の読者など第三者が、情報源である鑑定医が実際に誰だったかを知ることはできません。つまり、関係者はその情報源が誰かわかっているけれど、社会的にはまったくの匿名という建前だったのです。草薙自身、この匿名性を意図的に利用して本を書き、事件の中身に迫ろうとしてきました。

しかし、非公開だったはずの鑑定結果が漏れたことに、国と裁判所は危機感を感じ、「漏らした」草薙をつぶしにかかりました。そのための方法として、国は鑑定医に対して逮捕状を出し、秘密漏洩で訴えたのです。鑑定医が誰であるかは、国と裁判所が秘密にする決まりですが、その決まりを自ら破り、鑑定医の名前を公の場に出して訴追しました。そのうえで、著者の草薙にいろいろな罪名をつけて裁判にかけられないか、今検討している最中なのでしょう。草薙には秘密である鑑定結果を「守秘」する義務はないので、秘密漏洩で訴えるわけにはいきません。どのような罪名が付けられるか、必死に考えているのでしょう。しかし、こうした事件を起こせば、草薙の本を扱う出版社はもうなくなり、本も、上に書いたように、書店から消え、図書館でも隠されてしまい、実質的に書き手として仕事ができなくなれば、「抹殺」できます。そういう方法で済ませるかもしれません。つまり、この事件は「秘密漏洩」事件ではなく、その秘密を公開させようとした草薙と、それを潰そうとする国・裁判所との間のバトルであって、漏洩した医師は実は脇役であり、被害者です。

さて、この事件、あなたはどう見ますか?
詳細は、文末の記事を集めておいたので、読んでから考えてもらうのもいいですね。

 ★ ★ ★

ここで、ロジカルシンキングの応用問題ですが、あなたが知りたいこと、つまりあなたのイシューはどのようなものがあげられるでしょうか。

・事件の真相はどのようなものか
・なぜ医師は秘密をもらしたのか
・なぜ鑑定結果は秘密なのか
・犯人の少年は今どうしているのか
・国はなぜ草薙を目の敵にするのか

などなど。

この事件を考えるときに、まず問わなければいけないのは、「なぜ草薙厚子は、秘密を承知で鑑定に取材し、漏洩に当たることを承知で本に書いたのか?」という点でしょう。

草薙の意図は、「少年犯罪をどう防ぐか」という点にありました。ここ数年「多発」する少年少女の凶悪犯罪。親を殺す、妹を殺してバラバラにする、友だちの首をカッターナイフで切る、といった犯罪が起きるのはなぜか、それを防ぐ方法はないのか。それを防ぐ方法を大人たちはどのようにすれば見つけることができるのか。こういったイシューについて、彼女は何とか答えを探してきました。

彼女なりの回答は、「アスペルガー症候群」などの精神病を持った子どもが、適切なケアを受けられずに病気を深刻化させ、犯罪に至った、と言うものです。この答えについてはいろいろ批判は出ています。僕は正直いって、彼女の説が正しいかどうか、判断できません。

しかし、僕に言えることは、彼女がたてたイシュー「少年犯罪はなぜ、どのように起きるのか。どうすれば少年犯罪が防げるのか」という、非常に価値の高い問いであり、にもかかわらず、誰も真剣に取り組んでいない、という点です。裁判所の審判は、事実関係の確認に留まることが多く、本当の動機や原因には触れないことが多い。触れてもいても審判の記録は非公開なので、原因は不明なまま。少年院などの更正施設も完璧に情報が守られているので、少年院で少年が自分が犯したことをどのように理解し、どのように反省し、構成しているのかは、ほとんど公開されません。

日本の徹底した情報管理のもとでは、触法少年の更生には効果があるものの、少年犯罪を防ぐことについてはまったく効果がない、というのが、草薙の問題意識でした。犯罪を防ぐには、まず、起きてしまった事件が、なぜ、どのように起きたかを明かにしなければならない。そのためには、非公開の情報を明るみに出さなければならないし、情報を明らかにしても、犯人の人権は損なわれない、というのが草薙の主張でした。

鑑定医に秘密を聞き出しても、聞きだした草薙は罪にはならない。鑑定医はしゃべったこと自体は罪に相当しても、医師が犯罪を犯したかどうかは、国や裁判所が医師の名前を明らかにしなければ、証明できない。でも国にも裁判所にも、鑑定医を秘密にする義務があるので、しゃべった医師が誰かがわかっていても、公表できない。そういう三方行き詰まりになることを狙って、きわどく情報を聞きだし、本に書いた。非常に頭のいいやり方です。

草薙は、自らの大儀のために、法に触れることをしたとしても、結局誰も手出しができないだろうと踏んだのです。

しかし、政府は裁判所の権威に傷がつくことに黙っているわけにはいかなかった。自ら禁じられていた「秘密の公開」に踏み切り、草薙を「追放・弾圧」にかかった。これが事件の構図です。

さて、あなたは、この事件、どのように理解し、これからこの問題をどう扱ったらいいと思いますか?

 ★ ★ ★

実は、この事件は、こういうジャーナリストと国とのバトルという切り口と、もうひとつ、それを報道するメディアのポジションニング、という切り口があります。

以下の記事は、産経新聞が2本、朝日新聞が1本です。産経はこの事件を全国版で大きく扱い、朝日はベタ記事で、しかも関西版のみに近い扱いです(別途特集記事は書いているようです)。

産経新聞は、明らかに草薙と鑑定を強く非難する立場をとっていて、国にべったりの報道をしています。さらにその立場を強めるために、犯人の少年の祖父のコメントを載せたりして、感情面でも鑑定医と草薙を非難させ、悪役に仕立てています。

その一方で、草薙の問いかけである「どうやって少年犯罪を防ぐか」という点についてはまったく語らず、秘密である鑑定医の名前を公開した政府の非合法措置についても不問にしています。悪いことをしたのだから、それに対応するには法や慣習を無視してもいい、という短絡的な視点しかありません。

ちなみに、悪いやつなんだから、そいつを成敗するためには何をしてもいい、という発想は、テロリストの発想です。ビン・ラディンは、「米国やブッシュは悪魔だから、ワールドトレードセンターでその仲間が死んでも仕方がない」といっていますが、目的のためには手段を選ばず、ということを国がやり始めるのは、非常に危険です。

犯人である少年の祖父も、鑑定医を非難する前に、孫がなぜ犯罪に至ったのか、社会に説明する義務もあるでしょうが、そういう点は本人も産経新聞もまったく触れていません。

この件に対する産経新聞の報道は、完全に政府の先棒担ぎであって、政府がやってほしいとおもっているプロパガンダ戦略を自ら実践しているのがわかります。

このように、事件の本質的なイシューをずらすことで、政府は自分たちの非を見えなくし、問題を矮小化して、政府に批判的な人の仕事人としての生命を抹殺するのです。これを「弾圧」と言います。現代日本では、弾圧などと言う政治的な言葉は消えたと思っているかもしれませんが、そんなことはありません。今もいろいろな場所で、弾圧は行われているのです。

小さな扱いの事件ですが、こういう小さなところにものごとの本質が隠れています。そしてこういうところで社会がただし声を上げられるようだと、政府はやたらに動けなくなりますが、現状は、日本の国民は至っておとなしい、扱いやすい国民だという理解をしていることでしょう。

本質を隠す方法はいろいろあります。隠そうとする動きを見抜く目が、とても重要です。

■■鑑定医秘密漏洩についての一連の記事■■
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◆長男の鑑定医を逮捕 奈良秘密漏示事件 (産経新聞)
2007.10.14 12:05
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071014/crm0710141206007-n1.htm


奈良県の医師宅放火殺人事件で、長男の鑑定医だった崎浜盛三容疑者宅の押収品を車に運ぶ奈良地検の係官ら=9月14日、京都市左京区 奈良県田原本町の医師(48)宅放火殺人事件の供述調書などが漏洩(ろうえい)した事件で、奈良地検は14日、調書などを引用した著書を出版したジャーナリストの草薙厚子さん(43)に精神鑑定資料を不当に閲覧させたとして、刑法の秘密漏示容疑で、中等少年院送致となった長男(17)の精神鑑定を担当した精神科医、崎浜盛三容疑者(49)=京都市左京区下鴨西本町=を逮捕した。

 調書の漏洩に秘密漏示容疑を適用し、捜査当局が異例の強制捜査に踏み切った事件は、ジャーナリストの取材源の逮捕という事態に発展。今後、出版や報道に与える影響なども含め、改めて議論を呼びそうだ。

 調べなどによると、崎浜容疑者は、昨年8月に奈良家裁から鑑定医に選任され、調書や非公開の少年審判記録の写しなどの鑑定資料を受け取ったが、鑑定書を家裁に提出する前後の同年10月5?15日にかけ、自宅や京都市内のホテルで3回にわたって草薙さんと面会して資料を見せ、業務上知り得た秘密を不当に漏らした疑い。

 一方、草薙さんは今年5月、調書や審判記録などからの引用が内容の大半を占める著書「僕はパパを殺すことに決めた」を講談社から出版した。

 地検のこれまでの調べに対し、崎浜容疑者は「草薙さんから何度も頼まれ、資料を見せた」と認める一方、「事前に内容を確認できず、ああいう形で出版されるとは思わなかった」などと供述。地検は「真相解明のため、総合的に判断して逮捕が必要と判断した」とし、草薙さんについては「さらに捜査中」としている。

同書は出版直後から大きな波紋を呼び、長勢甚遠法相(当時)は6月5日、会見で「司法秩序を乱し、少年法の趣旨に反する」と批判し、流出元の調査を省内に指示。同月、長男と父親から秘密漏示罪での告訴を受けた地検は、9月14日に崎浜容疑者や草薙さんの関係先を家宅捜索するとともに、任意の事情聴取を開始。草薙さんは、特定の人物から捜査資料の開示を受け、一部を撮影したことを認める一方、取材源については明らかにしなかった。


 講談社学芸図書出版部の話 「秘密漏示」を名目とする奈良地検の一連の捜査は到底容認できるものではない。本社書籍に関連するとされる今回の逮捕に強く抗議する。

 草薙厚子さんの話 今回逮捕された鑑定医の方が情報源だったかどうか言えないが、私の著作にかかわる捜査で大変な迷惑をかけたことをおわびする。

 ○秘密漏示罪 刑法で規定され、医師や薬剤師、弁護士などが、正当な理由なく業務上取り扱ったことで知り得た人の秘密を漏らした際に適用される。告訴が必要な親告罪で、量刑は6月以下の懲役または10万円以下の罰金。

◆「逮捕は当然」と祖父 語気強め著者を批判(産経新聞)
2007.10.14 23:35
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071014/crm0710142335023-n1.htm

 「逮捕は当然だ」。親族の1人として問題となった本の著者の草薙厚子さんから取材を受けた医師の長男の祖父(66)は14日夜、「非公開の調書を漏らした鑑定医の罪は大きい」と語気を強めた。

 草薙さんの取材を受けたのは、出版が近づいていたことしになってからだという。「広汎性発達障害が事件を起こしたということを伝えたい」。そう言われて信頼した。

 しかし、開いた本は「孫のプライバシーを踏みにじる」としか読めなかった。草薙さんが捜査資料を入手していたことも知らなかった。

 出版後、中等少年院にいる孫には一度も会っていない。「草薙さんにも何らかの責任は取らせなければならない。表現の自由というが、人権をどう考えているのか。更生の気持ちが妨げられてしまうことが一番の心配だ」と話した。

◆鑑定医逮捕の異例の事態 識者からさまざまな声(産経新聞)
2007.10.14 18:18
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071014/crm0710141819014-n1.htm

このニュースのトピックス:殺人・強盗・誘拐
 奈良県の医師宅放火殺人の調書漏えい事件は、著者の情報源とされる鑑定医の逮捕という異例の事態に。「検察はバランス感覚を欠く」「過剰な規制で危険な兆候だ」「少年法の観点から一罰百戒という考えもある」。識者からはさまざまな声が相次いだ。

 作家の佐木隆三さんは逮捕の知らせに「逃亡の恐れもない鑑定医がなぜ…」と驚いた。「今の時代にここまでするのか。検察はバランス感覚を欠いているのではないか」と疑問視した上で、著者の草薙厚子さんを「書くべきことは書くのが表現者。表現の仕方として、あれしかないと考えたのなら支持したい」と擁護する。

 田島泰彦上智大教授(メディア法)も「出版や表現の自由に関する問題で取材源を強制捜査で抑圧するのは、どう考えても過剰な規制」と批判。「取材源や情報源のレベルで規制や制約を強め、情報を出しにくくする意味で、身柄拘束は絶大な効果を持つだろう」と今後への影響を懸念する。

 ジャーナリストの大谷昭宏さんは「逮捕は取材活動に多大な影響を与え許しがたい」としながらも、著書について「情報提供者に細心の注意を払うのは当然。調書を本の表紙に使えば、取材源に迷惑が掛かるのは火を見るより明らか」と指摘。「草薙さんだけの問題ではなく、ジャーナリスト全体として考えるべきだ」と警鐘を鳴らした。

 一方、白鴎大法科大学院長の土本武司さんは「証拠隠滅の恐れもあり、逮捕は無理からぬことだ。検察としては少年法の観点に照らし、一罰百戒という考えもあるのだろう」と見る。

 「著者のジャーナリストは元法務教官という少年の健全育成を最も考えるべき立場だった人。事件を、医師だけの犯罪とすると本質からずれる恐れがある」と話した。


◆京大教授から事情聴取 関与を否定 奈良・調書流出問題(朝日新聞)
2007年09月29日
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200709290001.html

 奈良県田原本町で昨年6月に起きた家族放火殺人事件をめぐり、長男(17)らの供述調書を引用した本が出版され、奈良地検が鑑定医や著者の自宅などを家宅捜索した問題で、奈良地検は28日、鑑定医や著者と親交のある京都市在住の大学教授から任意で事情を聴いた。地検は同日、教授の自宅や勤務する京都大学の研究室を家宅捜索していた。

 教授は聴取後、報道陣の取材に応じ、「捜査には協力するが、鑑定医と著者の仲介もしていないし、調書も見ていない」と関与を否定した。

 京都大は「司法当局の動向を見守りつつ、適正に対応する」とするコメントを発表した。


◆奈良調書流出、引用本の著者不起訴へ 取材の範囲と判断(朝日新聞)
2007年10月11日
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200710110003.html


 昨年6月に奈良県田原本町の家族3人が焼死した放火殺人事件をめぐり、中等少年院送致になった長男(17)らの供述調書を引用した本「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)が出版された問題で、奈良地検は長男の精神鑑定をした京都市の医師(49)を刑法の秘密漏示罪で起訴する一方、本の著者でフリージャーナリストの草薙厚子氏(43)は不起訴とする方針を固めた。草薙氏は流出を働きかけた「身分なき共犯」にあたる可能性があるとみていたが、上級庁と協議し、取材の範囲で立件は難しいと判断したとみられる。

 調べでは、医師は昨年10月ごろ、奈良家裁であった非公開の少年審判で長男の精神鑑定を担当した際、家裁から貸し出しを受けた供述調書のコピーを自宅で草薙氏に見せ、職務で知った関係者の個人情報を漏らした疑いが持たれている。医師は任意の調べに「何度も頼まれたから調書を見せたが、そのまま本に引用するとは思っていなかった」と説明。草薙氏は取材源を黙秘していた。

 草薙氏は医師に調書を見せてくれるようメールなどで働きかけたとされる。だが、通常の取材の範囲を超えた金銭の受け渡しや違法行為がなく、地検は起訴できないとの判断を固めたとみられる。2人を仲介したとみて家宅捜索した京大教授(49)も直接関与はないと判断したとみられる。

 地検は6月に長男と父親から、精神的苦痛を受けたとして告訴を受け、9月14日に医師や草薙氏の自宅などを家宅捜索し、事情聴取していた。

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