(by paco)ロジカルシンキングの主要な領域のひとつに、「因果関係」があります。物事が起きている、あるいはこれから起こるであろう因果関係を捉え、それが適切なら、何が起きているのか、またこれから何が置きようとしているのかが、より正確にわかる、という考え方です。因果関係を適切にとらえられれば、今どんな手を打つかによって、将来どんな結果が起きるかを予測することができるようになります。未来のシナリオといってもいいでしょう。
課題を解決するために、何らかの打ち手を見つけて、それを実行するというのは、ふつうに行われていることです。しかしその打ち手で本当に狙った結果が出るのか、因果関係をよく考えなかったり、とらえ方が間違っていることがよくあります。すると狙った効果がはじめから出そうもない打ち手を考え、実行してしまうことになり、はじめからうまくいかないことをやってしまう、ということが起こります。これが、実はしばしば起こるのです。まあ、だからこそ、ロジカルシンキングを学ぶ意味があるわけですね。
さて、先々週、コミトン306で横浜市のことを書きましたが、手元に「横浜市地球温暖化対策地域推進計画」というパンフレットがあるので、これを題材に考えてみます。A4×24ページのパンフレットの中に、地球温暖化を防止するために、CO2削減の目標が書かれています。
(a)家庭部門では29%(150万トン)の削減目標です。
(b)業務部門で27%
(c1)運輸部門の中の自家用車で13%
(c2)運輸部門の業務用車で22%
(d)産業部門で18%
(e)エネルギー転換部門で1%
この5つの部門わけは、環境省や経産省がつくったもので、僕自身はなんだかMECE感がなくて、違和感があります。(3a)の自家用車は、普通は(1)の家庭部門に含めた方がすっきりするし、(5)エネルギー転換部門は、要するに発電や石油の精製ですから、(4)産業部門に合算すべき話じゃないかという気がします。というわけで、そもそも分類そのものが落ち着かない感じなのですが、この分類はすでにだいぶ前から温暖化防止行政で使われているものなので、いまさら横浜市が異を唱えることにそれほど意味があるわけではないでしょう。ここでは不問と言うことにします。
ではこの目標に対して、打ち手の方はどうなっているでしょうか。「市民の取り組み」「事業者の取り組み」と分かれていろいろ書いているのですが、そのあとで、10個の「重点行動」というのが出てきます(12p)。
1.省エネ型の機器の使用
2.建築物の省エネ化
3.省エネ行動・エコライフの実践
4.クリーンエネルギー自動車の利用
5.公共交通の利用
6.エコドライブの実践
7.新エネルギーの導入
8.G30の推進によるゴミの削減
9.良好な水環境や緑化の推進
10.ヒートアイランド対策
ここで質問。特に、グロービスのクリティカルシンキングクラスや僕の企業研修などで論理思考を学んだことがある人、これを読んで、論理的におかしなところを指摘して見てください。観点は、MECE感と、上記のa?eの目標に対する因果関係について。
(?よく考えてみてくださいね?)
まず、MECE感から見ると、これがなんとも気持ちが悪い。1.省エネ機器の使用は、2.建築物の省エネ化の主要な構成要素と考えた方がいいでしょう。通常、住宅の環境適応を考えるときは、建物全体のエネルギー消費を落とすことを狙って、高断熱化と、設備の省エネ仕様、それに太陽光パネルなどエネルギー自給の合わせ技をおこないます。つまり10個のうち1?3はグルーピングしたほうがすっきりします。またエネルギー自給というプランが重点行動から外れている理由もよくわかりません。
4.クリーンエネルギー自動車の利用と、7.新エネルギーの導入もなんだかかぶっているような、かぶっていないような、据わりが悪い感じです。たとえばガソリンにエタノールを5%混ぜて使う方法がありますが、これは4.なのか、5.なのか。クルマに入れて使うという意味では4.だし、エタノールという新エネルギーの利用と考えれば7.です。
5.公共交通を積極的に利用することは、3.エコライフの実践には該当しないのでしょうか。クルマをやめてバスを使うというのは、エコライフだと思うんですがねえ。10.ヒートアイランド対策で最も有効なのは、都市内に木を増やすことですが、それは9.に書かれています。ではヒートアイランド対策とは、なにをしろと言っているのでしょうか? ちなみに、冊子には1?10の重点行動についてもう少し詳しい説明があり、ヒートアイランド対策には「省エネ設備の導入、省エネ建築の利用」「緑化」などが出てきます。やはり重複していますね。
こういう計画を策定する役所の職員は、学歴も高く、大変厳しい試験をパスして職員になっているはずです。にもかかわらず、こういう論理性のなさが気にならないのだなあと不思議でなりません。
では次に、因果関係を見てみます。このパンフレットは、これから実践したい目標が書かれているものです。だとすると、10個の重点行動が徹底されれば、a?eのCO2削減が実現されるように考えられている必要があります。
ここで注目すべきなのは、目標であるa?eが具体的なCO2削減量の目標になっているという点です。目標が数値で表されるなら、手段である10個を実施した結果も数値で図れるものでなければならないでしょう。でなければ、重点行動をいくらがんばっても、ゴールに到達できるかどうか、整合性がとれません。
そういう観点から1.?10.の重点行動を見てみます。9.水環境や緑化の推進をおこなうと、どの程度のCO2削減になると見込めるのでしょうか。特に水環境をよくしても、CO2削減には貢献しないのではないかと思われます。もちろん、水の浄化は重要なので、どんどんやるべきです。しかし目標とは一致していません。
また、重点行動がどの程度実践されているか、結果を計る手段もありません。たとえば1.省エネ機器への買い換えがどの程度進むと、目標に到達できるのか。パンフレットには市内の3割に当たる50万世帯程度で買い換えがおこなわれると36万トンの削減できるとあります。しかし目標は150万トンで、かなりショートしています。このパンレットの呼びかけに答えて、実際にどの程度の市民が省エネ機器に買い換えたのか、それを計る方法について、市の方ではまったく検討していません。たとえば、大型量販店での購買比率や、都市ガス系の販売店(エネスタなど)での購買比率を見れば、省エネ機器が計画通り普及したか、同じ省エネ機器の中でも、省エネ性能が高いモノが売れたかどうかも、推計できるかもしれませんが、このような調査項目は設定されていません(横浜市へのヒアリングの結果)。
さらに、手段と結果のつながりについて、こんな見方もあります。1.省エネ型の機器の使用と2.建築物の省エネ化は、いったん実践すれば、あとは特に生活面で意識しなくても、長期間にわたってCO2削減効果があります。しかし3.省エネ行動・エコライフの実践は、継続できるかどうか、あやしいものです。いったん習慣になってしまえば、それが継続するという人もいるでしょうが、最初は意識していたけれど、いつの間にか元に戻ってしまったという人も多いのではないでしょうか。だとすると、効果が読める可能性があるものと読みきれないものがごっちゃになっているという意味で、市民の行動の結果、ゴールであるCO2削減に到達できるかどうは、そもそも判断できない打ち手のリストになっているのです。
パンフレットでは、最後に、市民の行動の結果を集計して評価するとあります。しかしこれまで見たとおり、計画は、目標に対してずれていて(目標は数値、プランは数値で計れない)、集計できません。結果としてCO2排出が減ったかどうかは、エネルギー使用量全体の集計を見ればわかるのですが、全体の数字が減るにせよ、増えるにせよ、それがなぜ起きたのか、計画が失敗だったのかどうかについて、検証できず、次のプランを考えることができません。
よく「絵に描いた餅」という言い方をしますが、ある計画が絵に描いた餅かどうかは、こうして論理性をもって分析すれば、すぐにわかることなのです。
日本では、役所の計画だけでなく、企業の計画も、同じような問題を抱えていることがしばしば見られます。これではいくらがんばっても、結果が出るようにはなりません。結果が出たとしても、自分たちの行動の結果なのかどうか、自信が持てないので、勝ちパターンを分析して他に展開することもできません。とてももったいないです。
日本は京都議定書の議長国として、早くからCO2削減義務がありました。技術力もあり、風況など、新エネルギー利用の自然環境もある程度整っていました。しかし実際には、行政や企業の計画がこんなものですから、いくらがんばっても、そもそも結果に結びつくかどうか、あやしいものです。来年から、京都議定書の約束期間に入りますから、本来は必死に削減行動に移らないといけないのですが、「こうしてください」という行動をとっても、実際に削減できるかどうか、かなり怪しい計画が多いのです。これではCO2削減が進むわけがありません。別の言い方をすれば、日本は温暖化防止について、まだほとんど何をもしていないのに近いのです。CO2が減らないからといって、悲観することはありません。きちんとできることから実践するという基本から、進めていくことが必要です。
本当なら、ロジカルシンキングをいちばん学んでほしい人たちは、地方公務員や国家公務員なのですが、この人たちは社会人になってから学ぶ機会がほとんどなく、次々と増えていく、今の時代の課題について、知識を深める機会も乏しいのが現状です。なかなか物事が前に進まないのも当然です。
ここに、「随意契約はダメ、一般競争入札で」という談合防止の流れが、拍車をかけています。業務に必要だから論理思考を学ぼうと思っても、予算縮小と、入札によって提供者を選ばなければならないというルールによって、かえって十何位適材適所の業者の配置をおこなうことができなくなってしまいました。ただでさえフットワークが重いのに、これではますます重くなってしまいます。
今、横浜市とは、今後の進め方について相談しているところですが、組織の壁以前に、論理性の不足という壁ががっちりと問題の身動きを制限している印象です。少しでも崩せるといいと思っていますが、さて、どうなることか。
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