(by paco)里山の話が続いたところで、もう少し田舎っぽい話を続けます。コミトンは、1週間の僕の活動というか、関心事をそのまま反映させて書いていることが多く、今週はもっぱら「Present Tree in 南八ヶ岳 <ヤマガラの森>」の寄付集めを中心に回っていたので(他の仕事もやってはいたのですが)、やはり関心が田舎っぽいことに向いています。
今週末は六兼屋で過ごしているのですが(先週は東京でした。だいたい、隔週末で東京と八ヶ岳の生活を切り替えているので、来週末は東京です)、先々週の週末、前回六兼屋に来たときに、冬のお約束、味噌造りをしました。「手前味噌」という言葉がありますが、これは自家製の味噌の意味で、昔は味噌は各家庭でつくっていたモノなのです。それぞれの家で自家製味噌の味が微妙に違い、自分の家の味噌の味が一番慣れているので、一番おいしいと感じる、でもあなたの家にはあなたの家の味噌の味があり、それがおいしいと思うんですよね、でもうちの味噌もおいしいですよ、というような半分自慢、半分謙遜のニュアンスで使う言葉だったのです。
味噌は、今はスーパーマーケットで買うものになっています。というより、そもそも味噌を食べないか、定食の味噌汁ぐらいしか飲まないという人が増えているのでしょう。スーパーで味噌を買う人は、今やちゃんとした食事を作っている人の代名詞かもしれません。「実家の母は毎年つくってました」と話してくれる人もときどきいて、味噌を造る習慣がある家もまだちゃんとあるのですね。
僕の母方の実家は栃木で、商家だったこともあり、大きな蔵というか、倉庫がありました。使用人もたくさんいた時期があるので、その頃の名残で、毎年味噌屋さんを呼んで、大きなたるにいくつも味噌を造っていたそうです。僕が遊びに行っていた1960?70年代頃は、すでに商家としての盛期は過ぎ、味噌造りだけは習慣で頼んでいるという状態だったのを覚えていますが、味噌を造っている場面に出会ったことは残念ながらありません。
そんなわけで僕が自分で味噌を造り始めたのはほんの好奇心で、いつも頼んでいる生協で、「味噌造りキット」が出ていたからでした。
味噌を手作りするのは、作業そのものは単純です。
材料は、大豆、米にコウジカビをつけた「米麹」、それに塩とタネ味噌だけです。米麹をつくるところからやれば本格的なんでしょうが、これは普通は味噌屋さんやこうじ屋さんから買うのが普通です。麹はカビの一種で、数種類の有用なカビを選んで、代々タネになるカビを用意しているのが、味噌屋さんとかこうじ屋さん。このタネを、米につけて、適温と湿度を保つと、米にコウジカビ繁殖して、これが「米麹」になります。このときに、他のカビや雑菌がつくと腐ってしまうので、この作業はかなり厳密になっていて、プロの仕事の領域です。ちなみにこうじと一口に言っても、味噌屋さんやこうじ屋さんによって、実際に使っているカビの種類はいろいろあり、その種類によって、味噌の味も変わります。数百年前から味噌造りの伝統と一緒に代々使い続けられてきたこうじですから、もちろん、科学的に「○○細菌」というような名称があるわけではなく、ある種のカビの総称をこうじと呼んでいるわけです。
生協のキットに入っているこうじは長野県の駒ヶ根の味噌屋さんの米麹ですが、今回はこれと、富山の味噌屋さんから別のこうじを買って、つくってみました。というのも、うっかりミスで予定の半量しか生協から届かなかったので、あわててネットで検索して、いい感じのキットを見つけて通販で買った先が、富山だったというわけです。
味噌の量は、材料の乾燥大豆の量を基本単位としてつくります。乾燥大豆1kgに対して、こうじが0.8?1kg、塩が500gというあたりが標準的な量になり、配合はこうじの質や予定している熟成の期間によって変わります。塩分が多い味噌は熟成期間がかかり、少ない方が熟成が早いというおおよその関係です。
六兼屋で味噌造りを初めて4年目になりますが、最初の年は乾燥大豆1kg分、翌年からは2kg分つくっているので、今年も大豆2kg、こうじが800g×2袋、塩が1kgというのが材料になります。ちなみにこうじは乾燥こうじと生こうじが売られていて、乾燥こうじは、なまこ宇治の水分量を30%程度減らして、そのぶん、味噌を仕込むまで1か月程度持つようにしたもの。届いてすぐつくるなら生こうじの方がいいけれど、すぐつくれない場合は乾燥こうじを買っておくと、1か月程度の間の好きなときにつくればいいということになります。僕の場合は、やはりつくる比を限定されたくないので、乾燥こうじを買っているのですが、今年頼んだと山の味噌屋さんのものは、「生こうじだけれど、1ヶ月持つ」というスグレモノ。こうじを十分元気にしているので、他の雑菌が繁殖しにくく、生でも十分1か月持つと言うわけです。やはりこうじが元気な方が、おいしい味噌ができるのは言うまでもなりません。
届いたこうじを見比べてみると、見た目はあまり変りませんが(乾燥こうじといってもからからにしているわけではないので、ぱっと見は大差ない)、あけてみると、冨山の生こうじは甘酒のような甘いにおいがふわっとして、第一印象からおいしそう。これは正解。
大豆は、どちらも北海道産の有機大豆で、乾燥させてあるので、節分の豆まきの豆のような感じです。手作りするのですから、材料はもちろん最高級のものを使わないと。塩は、一方は沖縄の釜だき塩、一方はキットのものは普通の料理に使うことにして、味噌には地中海の釜焚き塩を使ってみることにしました。シンプルな材料なので、塩の質ももちろん重要です。塩自体が柔らかい塩辛さなら、味噌もそういうマイルドな味に仕上がります。
ちなみに塩は、今はスーパーマーケットでいろいろなものが売っているので、ぜひ試してみることをおすすめします。「すごく高い塩」を買っても、50グラムで1000円程度。塩としてはすごく高いです。でも使う量はわずかですから、これでもけっこう持ちますから、たった1000円ですごくぜいたくした気持ちになれます。塩を味わうには、トマトが一番でしょう。軽く冷やしたトマトにぱらぱらかけて食べてみれば、塩の味わいがよくわかります。おいしいフルーツトマトを買って、何種類かの塩を食べ比べるなんていうのも、簡単でぜいたくです。ちなみに僕がおいしいなあと思うのは、ひとつはフランスのゲランド塩。これは「セルマリン」と「塩の花(フルール・ド・セル)があります。後者の方が価格高いですが、味はセルマリンのほうが濃くておいしい。この塩は、世界でもっとも北にあるブルターニュの塩田で1000年前からつくられていて、火をいっさい使わない、天日乾燥の塩です。海藻や、ときどき小さなエビなんかも入っていて、いかにもという感じ。もうひとつは、日本の五島の自然塩で、これはゲランド塩より高いですが、味はさらに深く、日本の塩も侮れないなあという感じ。他にも僕が試していない塩がたくさんあるので、いろいろさしてみてはどうでしょうか。
材料がそろったら味噌造りの開始です。思っている以上に時間がかかりますから、始めるタイミングに注意して。僕は慣れていても、6時間ぐらいはかかります。
味噌造り開始の時間の12時間前を目安に、2kgの乾燥大豆を水に浸して、水を吸わせます。水を吸った大豆を、そのままゆでる。これが時間がかかるのですね。2?3時間はかかるので、覚悟が必要。しかも、大豆は水を吸うと倍ぐらいの体積になり、ゆでるとさらに倍ぐらいになるので、びっくりするぐらい大きな鍋が必要なのです。一度にゆでる鍋がそろわないことが多いのと、全部一度にゆであがってモアとの作業がたいへんなので、僕は、大鍋と圧力鍋を並行して作業します。圧力鍋なら30分ぐらいでゆだるのですが、大きめの圧力鍋を使っても、全体の10分の1ぐらいしか一度にゆでられないので、圧力鍋で3?4クール、その間ふつうの大鍋でぐつぐつ煮続ける、というような感じで、鍋をローテーションしていくのが僕のやり方です。この方法では結局全部ゆであがるのに3時間はかかるので、
だったら大きな鍋をたくさん用紙邸いっぺんにゆでればいいじゃないかと思うでしょう。でも、圧力鍋手何回かに分けてゆでていくと、ゆであがって順に次の作業に入れるので、結局仕上がる時間は早いのです。
大鍋と圧力鍋、両方に同時に火を入れると、圧力鍋は10分で圧がかかり、10分煮て、10分さまして煮上がり。これを取り出して、すぐに鍋には次の大豆を入れて、第2クールに入ります。煮上がった大豆は、次の工程に先に進めてしまう。つぶしです。
煮た大豆を、つぶしてペースト状にしていくのですが、これがなかなかたいへん。このつぶす作業が楽にできるようなほど、軟らかく煮ておくことが、実は味噌造りのポイントなのです。手でつぶせるようになる程度にゆでるには、普通の鍋でも30分ぐらいなんですが、その後、楽につぶせるようになるには、3時間もゆでないといけないんですね。
つぶす方法はなんでもいいんですが、試行錯誤の末に、たどり着いたのは、ポテトマッシャーによる手作業と、餅つき機で回してつぶす方法。ポテトマッシャーは、作業性はいいのですが、やはり電動でやってくれるならその方が楽。今回は家族と分業で、どんどんつぶしていったのですが、圧力鍋1回分をつぶす時間と、ゆだる時間がだいたい同じぐらいなので、効率がいい感じでした。これを3?4回繰り返していると、いつしか3時間ほどたち、大鍋でゆでていた大豆もほぼゆであがり、最後にこれを一気につぶすと、味噌がめいっぱいの大豆ペーストができます。ここまで来れば、あと一息。
続いて、これにこうじを混ぜる作業。塩とこうじ、タネ味噌の半量を先に混ぜ、それをさらにつぶした大豆を混ぜる。塩気が多いの出てがひりひりしますが、こうじのいいにおいがぷんぷんして、なんともいい気分です。それに、くちゃくちゃと粘土のような作業なので、原初的な楽しさもある。この段階で、薫りはすっかり味噌です。色は薄茶というか、ベージュというか、まだ味噌ではないですが。
よくまざったら、いよいよ仕込み。味噌がめ(うちではホーローの大きな容器)をアルコール(焼酎)で消毒し、タネ味噌を底にしいて、仕込みの準備完了。混ぜ合わせた味噌を、いわゆる味噌玉という、野球のボールぐらいのサイズに丸めて、ボールを並べるようにして味噌がめに入れていきます。こうすると余分な空気が入らないので、味噌がじっくり熟成するのです。味噌ガメにすきま鳴くびっしり味噌が仕込めたら、かめの縁をさいどあるー留消毒して雑菌を取り、ラップで表面をカバーしてから、上に袋に入れた塩をおいて重しにします。この塩は食べない重し用なので、一番安い塩を買って毎年使い続けているものです。あとはフタをして、つくった情報を書いた紙を貼り付ければ完成。ここまで、作業開始から6時間、僕の場合、夜型なので、晩ご飯のあと、9時頃から初めて、終わるのが午前3時という感じです、ハハハ。
さて、こうして仕込んだ味噌は、あとは時間をおいて熟成させるだけ。普通は冬の今頃仕込んで、夏に熟成させて、秋には食べられるという感じですが、食べるという意味では半年おけば食べられるようです。僕の場合は、来年の正月から食べるというのが普通のパターンで、2kg仕込めば、六兼屋で毎朝味噌汁をつくって、ちょうど1年持つという感じの量が仕上がるのです。つまり、今食べている味噌は去年のいまごろ仕込んだもの、これを今年1年、毎朝楽しめるわけです(といっても、六兼屋にいるのは年の3分の1ですから、本当に1か1年分なら、この3倍つくる必要がありそう。東京では買った味噌を使っています)。
一体どうして味噌なんか造るんでしょうね。買えば、おいしい味噌が手に入り、値段的にも、手作りがすごく安いというわけではありません。でも、自分で造った味噌を毎日食べる喜びというのは、なかなか得難いものなのです。毎朝、出し汁(僕は椎茸と鰹だしが基本)に味噌を溶くときのいい香りは、手作り味噌ならではの芳香です。それと同時に、去年もエライ苦労して大豆をつぶしたなあとか、ときどきつぶし損ねて大きな粒が出てきて、あじゃ?と思ったり、友だちが来たときにもろきゅうを出して自慢したり、そのたびに豊かな気持ちになれる。材料費3千円、手間6時間で、1年間、こんな気持ちになれるとしたら、これはけっこう、おトクです。
僕たち都会人は、手間や時間を惜しむことで、豊かな楽しい時間を失っているんじゃないのか。ということに、味噌を造り始めて気がつきました。豊かな時間、豊かな人生は、手間と時間をかけることと密接な関係があり、合理的に、効率的にすることは、豊かさを水から手離しているのかもしれません。もちろん、なんでも手をかければいいと言うわけではないでしょう。でも、豊かな心を持ちたかったら、何に時間をかけるのかは注意深く選ぶ必要がある。そしてそれは、たぶんお金では手に入らない、本当の豊かさ(Quality of Life)を提供してくれのです。
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