(by paco)大企業の、けっこう優秀な女性社員をやってきたクヌギーですが、より専門を深めるというキャリアは望むところではなく、かといってそのまま仕事を続けるというのも、希望する未来じゃないという状況になってきました。
担当部署が異動になり、仕事がハードになったこともあります。しかしきつさよりも、そのきつさに対して、今後、得られそうなスペシャリティがないことが気になりました。決算期などは深夜残業が増えて、体力的にもきついと感じることが多くなり、そもそも仕事のやり方も、「もっとうまくやる方法があるじゃないの?」と思うこともあり、でもそれについて改善の提案をして、実行して、というようなことにあまり興味を感じられなくなってきたということもあります。そういう中で、40歳ぐらいまでには、正社員から派遣になって、自分の時間、つまり本を読む時間も確保したいと考えることが増えてきた、といいます。
そんな、会社の方の事情と並行して、自分の興味も少しずつ変っていきました。ただ自分で本を読むだけでなく、読んだ本の感想や評価を人に伝えようと考え、ブログを書き始めたのです。
どうせ本を読むなら、その読んだ結果を書いておこうと言うことで、読書の記録をつけ初めて、誰かに自分が好きな本について話し、共有することが楽しいと思い始めました。僕のライフデザインワークショップに来てくれたあとからこのブログ始まり、読んだ本を自分の視点で淡々と紹介しているのですが、紹介された本はどのぐらいになるんだろう?100冊は軽く超えていると思うのだけれど。
その後、人に本を紹介するということにだんだんフォーカスをはっきり当て始め、ブログだけでなく、「図書室たき火通信」という名前でA4×1枚のフリーペーパーをつくって、PDF版で配り始めました。友だちのデザイナーにデザインを頼み、小さいけれど、きちんとしたペーパーに仕上がっています。
ここにバックナンバーを含めて4号ぶんがあるので、ぜひ読んでみてください。
ブログとフリーペーパーは、基本的には彼女の友だちとその友だちに読まれているというレベルで、特に人気ブログというわけではありません。でも、ブログを中心に、身近な人と本の話をしたり、本のことで過ごしているゆったりした時間が一番好きだと彼女はいいます。本というテーマを軸に、何かアクティブなことをしようということより、本がもたらす身近な人とのつながりを大事にするということが、彼女のいちばんのFavoriteなのですね。
彼女にとって、本を軸にしたちょっとした出会いと、そこから生まれるコミュニケーションをさらに充実したものにするために、食事やデザートを作って一緒に食べるともっといいなあとも考えるのですが、かといってそのためにレストランのようなことを初めても、食事をつくるために時間をとられてしまい、本を読んだり、本の話をする時間がなくなってしまうだろうなあと思い直したり。このあたりの彼女の自分のFavoriteへの迫りかたは、とてもていねいで、途中何度も僕にもメールをくれたりしながら、自分探しをしていました。
その間、ブログでも「本について話ができる場をつくりたいな」とかいたりするなど、自分がやりたいことのイメージをひとつに伝えることだけは忘れずにやってきたことが、その後の展開につながります。
フリーペーパーをつくって配っていた人の中に本庄康代さんがいました。本庄さんはクヌギーの妹さんの友人で、東京・青山でダンススタジオを経営する女性経営者なのですが、その本庄が新たにオリジナルのバッグをつくり、売る店を、スタジオに隣接する場所につくるという話をしてくれたのでした。いろいろ話をする中で、バッグを売るだけの店ではないプラスアルファがほしいと考えていた本庄さんに、クヌギーは「バッグに入れて持ち歩く本を推薦させてくれない?」と提案、ここから新しい展開が始まります。
新しい店に販売員が必要だったし、その店作りに「バッグに入れて持ち歩く本の提案」という新しいアイディアを持ってきてくれたクヌギーとの間で、さくさく話が進み、クヌギーは12月にオープンする新しいバッグの店に、本のコーナーをつくることになったのです。コーナーをつくるだけではそれっきりになってしまいそうなので、本の話とバッグの簡単な説明ができる、店員(実質、店長)というポジションで、店で働く、というところまで話が進み、これがクヌギーの新しいフィールドとして見えてきました。
この店の話が決まってから、クヌギーは会社を辞める準備を進め、8月末で10年以上勤めた会社を退職、12月の開店めざして、今は充電と準備の期間にあります。12月からは「小さなバッグの店のアルバイト店員」という身分になりますが、別の見え方でいえば、「バッグと本の新しいコラボレーションを仕掛ける、新進プロデューサー」と紹介できます。僕がコピーライターとして彼女を紹介するなら、そんな感じになるでしょうか。
退職に当たって、長く一緒に働いてきた会社の友人からは、「すごいね、勇気あるね」といわれ、がんばってねと励まされたそうです。でもクヌギーにとっては今回の転身は、高いところへジャンプアップする間隔ではなく、夢という名のゴンドラが少し上から下りてきて、自分が乗ったゴンドラが「会社員でいるより、本にもっと関わりたい」という方向にスライドして、気がついたら、ゴンドラとゴンドラがちょっとまたげば乗り移れるぐらいまで近くにあった、だから乗り売ろうと思っただけ、といいます。
夢をかなえる一歩は、大股でジャンプするものだと思っていませんか? 実は夢に近づく一歩というのは、こんな風に小さく、すぐ近くにそっとやってくるものなのです。だから、乗り移るのことに外から見ているよりずっと勇気がいらないし、自分にとっては自然だし、もとに戻りたいと思わないというか、元に戻る理由も、もはやないのですね。彼女の場合、ここ2年ぐらいの間に、マネジャーへの道を捨て、本を個人的に紹介してその時間を共有するというねらいがはっきりしてきた時点で、それがかなうところにならひょいと乗り移れるぐらい、身近なところに来ていたのです。
それにしても不思議なのが、人との出会いで、本庄さんとの出会いも、それ自体はもっとずっと以前、妹さんが通っていた紅茶の教室で一緒だったというだけだし、それ自体、偶然で、しかもだれにでもこの程度の「遠い出会い」はあるものです。それが、時を経て、自分の未来との接点が生まれる。こういうことを、セレンディピティ(偶然の出会い、発見)と呼んだりしますが、クヌギーの場合も、ひとつの偶然だったのでしょう。
もちろん、この偶然は、長い目で見たときに、クヌギーにとって「悪魔のささやき」につながらないとは言えません。縁起が悪いことをいうようですが、こんな話に乗った結果、転落が始まったという可能性も、ゼロではないのが選択をするということです。でも、こういう選択で重要なのは、自分が自分の意思でそれを選んだという自覚です。自分で選んだものなら、その選択についてだれのせいにもできない。そういう覚悟があれば、というか、クヌギーはそのぐらいのことは自分の頭できちんと理解できる人だし、そういう人だからこそ、僕も「その話なら乗るべきだね」とアドバイスできました。
ちなみに僕は、Life Design Dialogueに来ている人に、「それは、ぜひやりなよ」というばかりではありません。むしろ「それはやめた方がいいんじゃない?」ということの方が多いかもしれません。同じようなことであっても、ある人のある場面では「やめた方がいい」といい、別の場面では「やった方がいい」といいます。それは、ここの状況と本人次第でまったく違うのです。だから、あえてダイアローグという方法をとっているのですが。
こんな経緯で、クヌギーは本庄康代さんがつくる新しいバックブランド「Hearty Arty」の第1号店で、働くことになりました。そしてその店は、バッグと本がコラボレートする新しい空間になります。
「バッグで持ち歩けるように、軽い本を中心にセレクトしようと思ってて、まずは100冊選ぶことにしているんですよ」「全部一度に並べるとくどいので、バックヤードにストックして、頻繁に取り替えるつもり」「図書室たき火通信」もおいて、本のセレクトをしているという話をお客様とも話して、バッグの話だけでない店にするつもり」というクヌギーの表情は、いつものようにどこか淡々としているのですが、気負わず、でも楽しそうでした。
さて、次回は、こんなクヌギーの行動の中にあるthanksとmoneyを見ていきたいと思います。
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