(by paco)251統帥権の暴走

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(by paco)引き続き、大日本帝国と統帥権の話です。ちょっと込み入った話になってきましたが、いわゆる「教科書には出てこない」という種類の話なので、知っておいてもいいかと思います。といっても、もちろんちゃんとした事実です。教科書にも、昭和の15年戦争は「軍部の暴走によって起きた」と書かれています。そのコアはどこにあるかというと、統帥権にあるのです。

元ネタは、以前249号でも紹介した「統帥権と帝国陸海軍の時代」です。

この本の170ページに、統帥権について、その権力を握っていた陸軍参謀本部がどのように考えていたか、書かれています。参謀本部の人材を育成していた陸軍大学校の教科書である「統帥参考書」には次のように書かれています。

「統帥権の本質は……超法規的である」→憲法・法律無視
「議会は軍の統帥・指揮、並びにその結果に関し、質問を提起し、弁明を求め、これを批判し、論難する権利を持たない」→議会無視
「参謀総長・海軍軍令部総長は憲法上の責任は持っていない」→無責任
「非常時には軍事上の必要に応じて、直接国民を統治することができる」→独裁権
これが書かれたのは昭和7年、いわゆる15年戦争の始まりである満州事変の翌年です。

当時の日本は、明治憲法下の法治国家であり、1925年に男性のみとはいえ普通選挙が始まって、議会では政党政治が始まり、議会の多数派が総理大臣を出して統治するという政治体制になっていました。しかしその体制そのものを、責任も取ることをなく、独裁的に破壊し、国民を支配することができると、参謀本部のエリートたちは理論武装し、実行したのです。

統帥権とは、天皇が持っている軍事面の最終決定権を「輔弼(ほひつ)=君子の政治をサポートすること」する役割でしたが、この時期には天皇はただの「玉」として担がれるだけのものであり、実権は参謀本部が握るということが彼ら自身の理論として公然のものになっていたし、それを国民が否定する論理ことができないぐらい、思想統制を厳しくし、また情報も公開されていませんでした。

輔弼(補佐)という概念が、結局本来の権力者の権限を奪うという状況は、古くから行われてきたわけですが(たとえば、ディズニー映画の「アラジン」も、王の補佐官になった魔法使いジャファが国を好き勝手にしているという物語です)、それが昭和の日本にも現れた。しかも、そのそれがジャファのような特定の個人ではなく、参謀教育を受けたエリート集団という「しくみ」だったことが大きな特徴です。独裁的な個人なら、その個人を妥当すれば支配は終わるのですが、集団的な「しくみ」だと、横暴に振る舞っているような個人を妥当しても、すぐに次の誰かが現れる。また打倒されたようにみえる以前のリーダーは組織によって守られて懲罰が決定的にならず、時を経て(みそぎを済ませて)再びリーダーの座に戻ってくる。そしてまた、「機関銃に万歳攻撃で挑み続ける」ような、無意味な死が繰り返されたのです。

こういう、日本人がつくってしまった仕組みの問題点をはっきり白日の下にさらして、何が悪かったのかをみなが共有しない限り、日本人自身が昭和の15年戦争の問題点を理解することができない、と僕は考えているし、この問題を普通の日本人が説明できるようになることが、次の世代への「平和の宣言」になると僕は考えています。

こういうアプローチは、「靖国神社に参拝して、国のために戦った人に敬意を表する」ということとはまったく違うものなのです。

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コメント(1)

日本人はすぐだまされやすい というのを聞いたことがあります。だます方が悪いのかされる方が悪いかという問題はあるにしても。

そういう意味では私も9条にだまされたいるのか。信じている感じなのですが。

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